第7話

一面ガラス張りの窓の外には、東京・恵比寿の美しい夜景が広がっている。

清潔な白いクロスが敷かれた丸いテーブルがいくつもあり、それぞれの席で、人々が豪華なフランス料理とワインを楽しんでいた。


『裕介、そのお嬢様って、まだ来ないの?』


 耳につけたワイヤレスイヤホンから、兵士の不安そうな声が聞こえてきた。


「もうすぐ来るよ。あ……きたきた」


 兵士にも同じワイヤレスイヤホンを渡して、スマホを通話状態にしたまま持たせている。兵士は片耳しかつけていないから、おそらく彼女にはバレないはずだ。

 俺は伊達メガネで変装して、斜め後ろの座席から2人の様子をうかがう。


『どうしたらいいの?』

「とりあえず立って挨拶して」


 兵士はよろよろと立ち上がって、彼女を出迎えた。


 「遅くなってごめんなさい、裕介さん。

 渋滞にはまってしまって……」


 天野姫花は優しく微笑んで言った。

 ミスユニバースのような長身に黒いロングヘアが艶やかで、日曜日の今日は、先週月曜日に会った時よりもリラックスして見えた。


 『あ……うっす。』

 「先週はごめんなさい。私の都合で月曜日にしてもらって……」

 『いや!いいっすよ!気にしないで!』

 「え……?」

 『それより、早くメシ食いましょ!座って!』

 

 近くにいたウェイターが、彼女のイスを引くと、姫花は優雅に座った。


 「……」


 姫花はじっと兵士の顔を見つめている。


 『……お、オレの顔になんかついてる?』

 「いいえ、なんだか、先週会った時より、お肌がキレイっていうか、失礼ですけど、幼く見えて。」

 『いや……そうかなあ……』


 そりゃ、そうだろう。俺は25歳で、兵士は19歳だ。見た目は変えられても、肌は誤魔化せない。


 『気合いを入れる為に、パックしたんだ!』

 「え? そうなんですか? 裕介さん、美容にも興味、あるんですね」

 『ま、まあね……』

 「うちの製薬会社でも、化粧品開発に力を入れ始めているんです。今度、意見を聞かせてもらおうかな」


 姫花は、国内最大手の天上製薬の創業家、天野家の一人娘だ。

 俺と同じような経歴の持ち主で、幼稚園から大学までエスカレーターの女子校出身。

 天上製薬の開発者として勤務するバリバリのキャリアウーマンだ。


 「前菜でございます」


 ウェイターが料理を優しくテーブルの上に置いた。

 

 『うわっ!何だコレ!』

 「えっ!?」

 

 兵士が急に大声を上げたので、姫花は驚いていた。


 『なんか、野菜にタレみたいなのがかかってる!』

 「そちらは、ホワイトアスパラガスになりまして、ソースはグリーンピースのピュレです」


 中年男性のウェイターが懇切丁寧に説明してくれた。


 『うわ〜。こんなの食ったことないよ〜』

 「えっ!? お父様がフレンチ好きで、家族でいつも行ってたんじゃ……?」


 やばい。兵士は俺のフリをすることを、完全に忘れている。


 『あ!? そうだった、そうだった。

 てか、肉はまだ出てこないの?野菜だけ?』

 「フルコースだから、あとから出てくると思いますけど……」

 『ふーん……』

 「……???」


 姫花が怪訝な顔で兵士を見つめている。

 もっと事前にフランス料理について教えておくべきだった……。

 顔がソックリだから、なんとかなると思っていたが……。


 「裕介さんて、思ってたよりも気さくな感じなんですね。」

 『え?』

 「なんか、先週会った時は、冷たそうっていうか、心ここにあらずって感じで、周りのものに興味がなさそうだったんで。

仕事の後だから、疲れてたんですね。きっと。」

 『そうそう!こないだは、めっちゃ疲れてて!……てか、姫花さんて、モデルみたいで、めっちゃキレイっすね!』

「えっ? ……ありがとうございます。」


 姫花は少し恥ずかしそうにしながら、髪をかき上げた。

 何、口説いてるんだよ。俺は何故か少し、苛立ってしまった。


 「あ……会社から電話だ、ちょっとごめんなさい」


 姫花がスマホを手に、席を立った。

 俺はすかさず、兵士にイヤホン越しに話しかけた。


 「おいっ! 何、疑われてるんだよ!

 全然ダメじゃないか!」

 『そんなこと言われても、こんなとこ来たの初めてで……てか腹減って死にそう…肉食いたい……』

 「もう少し我慢しろっ!」

 『う〜〜』


 その時、姫花が慌てた様子で戻ってきた。

 

 「ごめんなさい、裕介さん。研究室の方で緊急のトラブルがあったみたいで。今から私が行かないと……。」

 『え?』

 「この埋め合わせは次回にさせてくれまくか?」

 『あ、ああ……わかった』

 「それじゃ、またお会いしましょ」


 姫花は兵士の肩にそっと手を触れて、颯爽と去っていった。

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