第8話

 姫花が風のように去った後、とりあえず2人でフレンチを平らげて、早々に店を出た。


「ふ〜! うまかった〜〜!」

「ったく……全然俺のフリ、できてなかったじゃないか」

「えー? 結構イケてたと思うけどな〜〜。」

「どこがだよ……しかも、彼女のことキレイ、とか言って口説いてただろ?」


 俺はパシンと兵士の二の腕を叩いた。


「口説いてなんかないし! ってか、オレ、裕介の方がタイプだし。」

「はあっ!?……お前、男が好きなの?」

「ん〜……まあ、どっちかっていうとそうかなあ……良くわかんないけど、裕介のことめっちゃ気に入った。」

「……自分と同じ顔なんだぞ?」

「言うほど同じかなあ? ちょっと違くね?」


 確かに、顔立ちは瓜二つだが、体格は兵士の方がデカいし、髪色も目の色も違う。

 立場も、性格もまるで違う。

 まるでパラレルワールドにいる、もう1人の自分を見ているみたいだ。


「裕介。今日、オレ頑張ったからさ。ご褒美ちょーだい。」

「何!? さっきフレンチ奢ってやっただろ! デザートもお前が全部食べたし!」

「いいからいいから、目を閉じて?」


 兵士の勢いに押されて、俺は素直に目を閉じた。

 貸してやった、俺のお気に入りの香水の香りが近づいてくる。

 そして、右の頬に柔らかい感触がした。


「裕介のほっぺにチューげっと〜〜。」

「なっ!何すんだよ!」

「顔真っ赤だよ〜〜? もしかして裕介ってドーテー?」

「違うわ!」

「可愛い〜〜」

「うるせえっ!」


 カップルだらけの休日の恵比寿で、俺は一体何をしているのだろう……。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 まるで弟とじゃれあっているような、妙な安心感に、包まれていた。


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