第5話
「あのさ……」
「うん?」
兵士は俺の少し後ろを歩きながら、お婆さんから渡されたおにぎりを頬張っていた。
「なんで着いてくるの?」
「別に! お兄さんの会社が見たいとか、思ってないし!」
「絶対、思ってるじゃん」
兵士が茶色の瞳をキラキラさせて、まっすぐに俺を見つめる。
さっきは部屋が暗かったからよく見えなかったが、違うのは髪色だけでなく、目の色もだった。兵士は日本人には珍しく、アイスティーみたいな薄い赤茶色の目をしていた。
「会社は子供の遊び場じゃないんだよ。」
「そんなんオレだって働いてるから分かってるし! 子供扱いすんなよ!」
兵士がまた、子供みたいに膨れた。
「タコみたいだ。」
「はあっ!? タコじゃねーし!」
「その口がタコっぽい。」
「タコタコゆーなし!」
「あはは」
久しぶりに笑った気がする。
散りかけの桜並木を兵士と歩いていると、このままサボって何処か遠くへ行ってしまいたくなった。
「お兄さん、オレになんかお礼してよ。助けてあげたんだからさ」
「おー。そうだ。食事でも奢ろうか?」
「うーん……それよりも、してみたいことがある」
「何?」
「1日だけ、お兄さんと入れ替わってみたい!」
「はあっ!?」
「……やっぱダメ?」
「いや……」
「いいじゃん! お願い!! なんか、お兄さん、スーツ着ててめっちゃカッコいいし、キラキラしてて、楽しそうだし!」
「……別に楽しくなんか無いよ」
カゴの鳥。『家』の中から出られない。決められた人生。政治家である父さんの跡継ぎ。他人が聞いたら、贅沢な悩みだって言われるだろう。金に不自由することはおそらく無いから。
俺には、古くて小さい食堂を営んでいても、優しいお祖母さんに愛されてる兵士のほうが、よほど幸せそうに見えた。
俺は母さんにおにぎりを作ってもらったことなんて、一度も無かった。
ずっと昔に、一度だけ、父さんの実家で、祖母が作った料理を食べただけ……。
「……じゃあ、入れ替わってみるか?一回だけ。」
「マジで!? いいの!? っしゃー!」
兵士がおやつをもらう子犬みたいに、飛び跳ねて、ガッツポーズをした。
「ああ。頼みたいこともあるし」
「なに?」
「俺の代わりに、お見合いに行ってほしい」
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