不幸なジンクス

彩煙

1話

私が部屋でテレビを見ていた時の事である。その画面には私の好きな人が映っていた。どうやら死体として発見されたらしい。


 悲しい事実を突きつけられたが、私は涙を流したり取り乱したりという一般的な反応を示すことが出来ないでいた。別に私の気が触れているわけでも、特別冷淡な女というわけでもない。いうなれば「慣れてしまった」からだからだろう。




 私にはあるジンクスがある。それは「私が恋した相手は突然死んでしまう」というものだ。


 私の初恋は小学生の時だった。同じクラスの男子に対して、幼いながらもそれなりに恋をしていた。しかし、なかなか自分の気持ちを告白できないでいた所、突然彼が死んだとの話が上がった。確か、事故に巻き込まれて死んでしまったはずだ。しかし、その時はまだ幼かったからか、彼の葬儀が終わり幾日か経つにつれて彼の事を想いだす事はなくなっていった。死というものを分かっていなかったというのも理由だろうか。


 次に恋をしたのは中学校に上がって間もなくのことだった。通学中に出会う男子に惹かれ始めていた。しかし、私自身がそれを恋だと気が付く前に、彼は私の前から姿を消した。噂話でその人が死んでしまったという事を聞いたが、自覚をする前の事だったため、そこまで衝撃を受けることは無く、立ち直るのも思いのほか早かったと覚えている。


今思えば二度目のジンクスではあるが、想い人が死ぬという経験は死を理解し始めたばかりの私からすれば、ほぼ初めての事として記憶してしまっていた。だからこそ私は再び恋をしてしまった。その彼とは付き合うことが出来た。初めてできた彼氏に浮かれ、とても幸せだった。その事は今でもずっと覚えているほどだ。


 ただ、ここでもやはり私のジンクスは発生する。


 私と彼が付き合い始めてから随分と経ったある日のことだ。その日は私たちの町に大きな台風が直撃し、記録的な大雨となった。しかし私たちはその台風を楽観的に考え、学校も休みになったという事で遊びに出て行ってしまった。二人が帰ろうとする直前までは天気もかろうじて保ってくれていたが、そこからは嵐のような風雨となる。幸い、自宅の近くから激しくなった私は何のこともなく無事だったが、家が比較的遠い彼は別だった。帰る途中に足を滑らせ、川で溺れてしまったのだ。翌日遺体となって発見され、学校はその話でもちきりだった。


 私は当然の様に落ち込み情緒不安定になった結果、めっきり塞ぎ込んでしまった。学校にもしばらくの間は通えず、「あの日、親の言う通りに家にいればよかった。調子に乗って遊びになんて誘うべきではなかった。」とひとりで部屋に籠り、自分を責め続けた。自殺を考えたりもしたが、流石にそこは踏みとどまり、私の傷は少しずつ癒えていった。


 ところで、人というものは否応なく誰かに惹かれてしまう生き物らしい。あれほど精神を病み、恋もしないと誓ったにもかかわらず、私はまた恋をしてしまった。彼を忘れたわけではないが、それと同じほどの恋をしてしまった。その人に私は告白をした。しかし、彼は私を受け入れてはくれなかった。理由を尋ねると「私と付き合うと不幸になる」という噂によるものらしい。流石に納得をせざるを得なかった。「確かに以前の彼は私と付き合い、遊びに行ったから死んでしまった。私と付き合っていなければ死ななかっただろう」と。そしてこうも考えた。


――好きでいるだけなら、彼の生活に干渉する訳でもないから大丈夫だろう。


 私は彼と付き合う事はすんなりと諦め、彼を思い続けるだけにした。しかし、彼はその数週間後に行方が分からなくなり、いまだに見つかってはいない。おそらく死んでしまっているのだろう。


ここで私は自分に掛っている呪いの様なジンクスに気が付いた。


――ああ、私が恋をした人は皆死んでしまうのか。


 考えてみれば小学校の時から数えて計4度の発生。気付くには少し遅すぎたくらいだ。


私のジンクスによる被害者は、テレビに映る彼を含めて5人目。ここまでくれば流石に慣れてしまうと云うものだ。私は自身の心が少々壊れてしまっていることに溜め息を吐き、テレビのスイッチを切った。




 それからいったい何年がたったのだろう。私は懲りることなく、また恋をした。今度の相手は勤め先の同僚。


――ああ、この人も死んでしまうのか。


 恋心に気が付いた私は、ひそかに心の準備をする。いくら慣れているとはいえ、好きな人が死んでしまうというのはやはり辛いものがある。


 ところが彼と私はいつの間にか恋人と言う関係性にまで発展していた。とても幸せだったが、ジンクスに対する不安は付きまとう。私の様子を訝る彼に対して、私はジンクスについての説明をした。振られてしまうとも覚悟していたが、彼はあっけらかんとした様子でそれを笑い飛ばし、自分は死なないから安心しろと約束してくれた。実際、彼は約束をした通り、私のジンクスによって死ぬことはなかった。何年かたったある日、彼が結婚を申し出たが、その時にはすでに「私のジンクスは、とうの昔に消えてしまったのだ」と安堵覚え、その安心感を与えてくれた彼と寄りそう覚悟を決めていたため、二つ返事で快諾した。


 現在では二児に恵まれ、一般的な家庭としては何の問題もなく過ごしている。私は変わらず夫を愛している。しかし、ある程度子供が成長して手がかからなくなると、生活の中で刺激を求める様になっていった。つまり浮気をしたのだ。浮気相手と過ごす時間は、背徳感による甘く刺激的なものであった。ジンクスなど気にすることなく、誰かを無条件に恋しく思えるという事が、こんなにも楽しいものだとは知らなかった。


 しかし、私のジンクスは決して消えてなどいなかったという事を、突如として教えられるはめとなる。浮気相手が何者かによって殺されてしまったのだ。


――私が恋した相手はいつか死んでしまう。


 どうやら彼も例外ではなかったらしい。今回の対象が浮気相手だったという事から誰にも話すことは出来ないなと思いつつ、やはり取り乱すことの無い自分の様子を客観的に見て、溜息がこぼれてしまう。私はなんとなしに、かつて好きだった男たちについて考え始めた。そしてその為に古いアルバムを押し入れから引っ張り出してきた。ページをめくれば、私が生まれた時からの記録がそこには残っている。しかし、あるページに差し掛かったところで私は不意に手を止めた。そこにあるのは、小学校に上がる前の頃に取った幾枚かの写真である。


――そうだ、すっかり忘れていた……。


 その頃の写真の多くに登場していたのは、もう何年間も顔を合わせている男の面影を持った少年だった。


 私の夫は、今日も死なない。

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不幸なジンクス 彩煙 @kamadoma

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