第4話 旅立つ前に

 スウォルが城を出た頃、リリニシアの私室に連行されたシェリルは、旅の支度を手伝わされていた。


「とは言っても…ほとんど手伝うことないじゃないですか」

「もちろんです。旅立つ日が分かっているのに、当日まで準備もしない程バカではありません。後は服くらいのものですわよ」

「最初から是が非でも着いてくるつもりだったんですね…。でも、それなら何で私を?」

「少し、お話をしておきたかったんですの。私の目的を」


 リリニシアは少し目を伏せ、今までよりも小さな声で言った。


「さっきはご両親の仇を討つことだって」

「えぇ、もちろんそれも大きな要因です。それにお二人の助けになりたいという気持ちも本心です」

「…」

「お祖父様に言った“社会勉強”も、出任せではありません。国を治める立場になるのなら、我が国の外を知ることも重要だと思っていますわ」

「色々考えてらっしゃるんですね」

「それからもう一つ、大きな目的があります」


 リリニシアは真剣な顔付きで一息吸い、少し低い声で語った。


「確かめたいんですの。お二人の“名前”について」

「名前、ですか?」

「はい。捨て子であるお二人に、お祖父様は国の名である“ファーメニルス”を与えました」

「…」

「本来は王族のみが代々受け継いで来た大事な名です。そんな名を何故、お二人に許したのか」

「…すみません、私たちなんかが」


 シェリルがリリニシアの表情に気圧され、項垂れながら詫びると、リリニシアはそれを受け、やや歯切れ悪く続けた。


「お気付きだったかも知れませんが、一時期はそれが腑に落ちず、複雑な心境でした。その頃は、少し関係がギクシャクしてしまっていたかも知れません」

「…まぁ、嫌われちゃったかな、と思ったことはありましたね」

「ワタクシの未熟さ故です。…考えれば、今まで謝っておりませんでしたわね。今更ではありますが、お詫び申し上げます」


 リリニシアは深々と頭を下げた。


「いえいえ、そんな!」

「お二人に非はありませんが、これはお二人の人間性とは別の、王族としての矜持の問題です」

「…」

「ですのでこの旅で、お二人が『矜持も何も踏み越えて、ファーメニルスの名に相応しい』ということを、改めて確かめたいのです。お祖父様の考えに間違いはなかったのだ、と」

「…ご期待に沿えるといいのですが」

「お二人なら心配はございませんわ。このワタクシもいることですしね!」


 リリニシアは、再び明るい声色で言いながら胸を張って見せる。


「ふふ…頼もしいですね」

「当然ですわ!さて、そんなお話をしている間に準備完了です。お祖父様たちのところに戻りましょう、シェリルさん」

「分かりました」


 二人が玉座の間に戻ると、待っていた王から、『スウォルは訓練場に向かった』旨を聞かされ、その足で後を追うことになった。


 一方、王城を出て訓練場にたどり着いたスウォルは、座り込み、目を閉じ瞑想している老爺に声を掛けた。


師匠せんせい!」

「スウォルか」


 スウォルの声を聴き、老爺は瞼を開き、応える。


「シェリルはどうした?」

「一旦別行動。後で合流するよ」

「そうか。それでどうじゃった、伝説の武具とやらは。お前とシェリルと、どちらが勇者だったんじゃ?」

「両方だよ」

「なに?」

「俺は盾で姉ちゃんは剣だ。ほら、これ」


 座ったまま首を向けた師に、スウォルは盾を装着した左腕を持ち上げながら事情を説明した。


「なるほどのう…。逆の方がしっくり来る気もするが」

「俺たちだってそうだよ。けど苦手な部分を補うって意味では、こっちでもいいのかなって」

「お前は防御を軽視しがちだからの。…しかし、ワシも一度見たことはあるが、その時はすっかり錆びた塊でしかなかったんじゃが」

「最初はそうだったよ。触ったらこうなった」

「ほう、流石は伝説か。…それにしちゃあ、安っぽく見えるがの」


 スウォルの左腕を見つめながら、やはり本人たちや王と同じような感想を漏らした。


「そうなんだよな。もっと感じを期待してたんだけどさ」

「かっかっか…!伝説なぞ実際に触れてみれば、得てしてそんなモンなのかも知れんの。もう出るのか?」

「姉ちゃんたちと合流した後、いろいろ必要なモンを買い揃えてからかな」

「姉ちゃん?なんじゃ、二人で出るんじゃないのか?」

「リリニシア様が一緒に行くことになったんだ、色々あって…」

「なんと!あのじゃじゃ馬お姫様がか!?そりゃあ大変な旅になりそうじゃのう!」


 言葉とは裏腹に、師は楽しそうに言葉尻を弾ませる。


「他人事だと思って…。なぁ、師匠せんせいも一緒に来てくんないか?」

「なんじゃと?」

「俺と姉ちゃんだけじゃ、リリニシア様は荷が重くてさ。それでなくとも女二人と一緒に旅なんて落ち着かねぇよ」

「馬鹿を言え。国防軍の長が、そう軽々と国を空けられるか」

「ホントか?ホントにそれだけか?リリニシア様と旅すんのキツいとか、一切思ってないか?」

「今日ほど国防軍やっててよかったと思うたことはないわい。かっかっかっ…」


 師はひとしきり笑った後、『ふぅ』と息をつき、おもむろに立ち上がると、頭一つほど大きなスウォルをじっと見つめた。


「どれ、旅立つ前に最後の稽古と行こうかの、スウォルよ」


 そう言いながら、師はスウォルに木剣を投げ渡した。


「おっと…え、今から?俺、もうすぐ出発するんだけど」


 咄嗟に受け止めはしたものの、困惑した顔でスウォルは問う。


「そんなに追い込みはせん。出発前の“準備運動”だとでも思えばよい」

師匠せんせいが『追い込まない』っつって追い込まれなかったことねぇんだけど」

「かっかっか、そう言うな。出てく前に、ワシにお前の力を見せとくれ」

「…」


 笑いながら左手を前に半身を切り、自身の身の丈ほどの木の棒を槍のように構える師に対し、スウォルも観念したように、右手に握った木剣と、左腕の盾を構え、向かい合った。


「果たして“伝説”に祭り上げられただけの、なんの変哲もないただの盾か、あるいは。…参る!」

「ふッ!」


 言うや否や、師は即座に踏み込み、左手の内でやりを滑らせ、まっすぐ突きを繰り出す。

 スウォルは盾をやや斜めに構え、受け止めるのではなく、自身の体の左側に受け流した。


「ほれ!」


 師は体勢を崩すこともなく一瞬やりを手放し、体を入れ替えながら奥から振っていた右手で即座に掴むと、勢いをそのままに切り返し、スウォルの左側面から薙ぎ払う。


「だと思った!」


 やはり斜めに構えた盾で頭を覆い、左から襲い来るやりを、今度は頭上を通り越し、斜め右上へと受け流す。

 と同時に、右手に握った木剣を下から振りかぶり、思い切り切り上げた。


「ふむ…」


 師は動じることなく、右手と左手を交差させたまま、ぼうやりの中央で受け止める。

 腕の位置を戻す動きを利用し、木剣を巻き込みながら円を描くように棒を回転させ、自身の右側に跳ね除ける。

 スウォルから見れば、右手に握った木剣を、体の左側に押し出され、体勢を崩された状態で、師は左手で握った、やりの“柄尻側”を振り下ろした。


「く…っ!」


 とっさに体を捻り、スウォルはなんとか盾を向け、“柄”を今度はようとした。

 崩れた体勢から無理矢理に盾を構え、直撃は避けたものの、棒の勢いを止めるには至らず、体を半回転させながら仰向けに倒れ込む。


「やっ!」


 師は脚を右足を持ち上げると、仰向けのスウォルに向け、足刀を振り下ろす。

 スウォルには仰向けのまま、やはり盾で凌ぐことしか出来なかった。


「む!?」


 しかし師の足刀が、スウォルの盾を捉えることはなく、触れる前に押し返された。

 のだ。


「これは…」

「ここッ!」


 師が驚愕に表情を染めた瞬間、スウォルは右手の木剣を、師の顔に向けて突き入れた。


「甘いわ!」


 師に驚愕はあれども油断はなく、地につけた左足で飛びのき、宙返りで体勢を立て直し、難なく着地した。


「マジかよ!?今のは貰ったと思ったのに!」

「かっかっか、そう簡単にくれてはやらんわ」


 スウォルが立ち上がりながら吐き捨てると、師は笑いながら余裕を見せた。


「しかし妙な盾じゃのう。今のは…」

「俺も剣の方に触ろうとした時、押し返されるような感じで触れなかったんだ。多分、勇者じゃないと触ることも出来ないってことなんだと思う」

「なるほどのう。…ということは、剣の方は斬る前に押し返してしまうんじゃないか?」

「…そんくらいは融通利かせてくれんじゃねーの?試してねぇけど」

「ふむ。ま、そもそも魔物に対しても同じような効果が出るか分からんしな。…さて、続きと──」

「しっつれい致しますわー!!」


 二人が構え直そうとした瞬間、訓練場の出入口から、まず明るく大きな声が響き、ついで控えめな声で問い掛けが聞こえた。


師匠せんせい、スウォル来てますか?」

「いるぞー姉ちゃん」

「…相変わらず声がデカいのう、あのお姫様は」


 続けて師は、本人はおろか、傍にいるスウォルにさえ聞こえないよう、小さく呟いた。


「母君とは似ても似つかんわい」


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ブレイブ・ディバイド みそすーぱー @miso-soup-er

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