第3話 王の孫娘、リリニシア

 “リリニシア”と呼ばれた彼女に遅れて飛び込んできたお付きの兵を王が見やると、申し訳なさそうに跪いていた。


「シェリルさんとスウォルさんが今日、出立されると聞きました」

「そうだ。それがどうした?」

「ワタクシも同行いたしますわ」

「ならぬ。退け、リリニシア」


 自分たちを挟んで交わされる二人の会話を、シェリルは肩身狭そうに、スウォルはけだるげに聞いていた。


「退きません。この“リリニシア・ファーメニルス”、お二人と共に魔物征伐に出ます」

「ならぬ。三度は言わせるな」

「ワタクシも聞きたくありません。聞きたいのは『行け』ですわ」

「お前にはここで為さねばならぬ、ワシの後を継ぐという役割がある。今は学びの時期だ」

「えぇ、まさしく王位を継ぐ為の、“社会勉強”ですわ」

「…こう言うだろうと思ったから、今日はここに近づけさせないで欲しかったのだがな」

「も、申し訳ありません!」


 再び大きくため息をつき、依然として跪いたままの兵を一瞥した。


「妙に邪魔してくると思いましたが、やっぱりお祖父じい様の差し金でしたのね」

「察しがついていたなら諦めておけ、リリニシア」

「お断りいたしますわ。ワタクシ、今日という日に備え、お二人の力になるべく回復魔法を学んだんですもの」


 手にした杖を掲げ胸を張るリリニシアを、王は鋭い目で睨む。


「…嘘をつけ」

「何を言いますの、お祖父様。決して嘘では──」

「両親の仇討あだうちであろうが」

「!」


 王が低い声で言うと、リリニシアは目を丸くし、言葉を失った。


「やはりな」

「…まんざら嘘ではないのですけれどね。お祖父様こそ、察しがついているのなら快く送り出していただきたいものですわね」

「お前たちも何とか言ってやってくれぬか」


 今度は王がシェリルとスウォルに目で助けを求めた。

 シェリルがそれに応じ、言葉を探している間に、先にスウォルが口を開く。


「あー、リリニシア様?」

「スウォルさん!」

「あ、はい」

であるこのワタクシを、まさかのけ者にはいたしませんわよね」


 対するリリニシアも、“間柄”という優位性を持ち出し、本人たちを懐柔する策に出た。


「いや~…遊びに行く訳じゃありませんし、誰も命の保証なんてしてくれないですよ」

「無論、承知しておりますわ!そしてそれはお二人にも同じこと。だからこそ、ワタクシの回復魔法がお役に立つのではありませんの!」

「あー…姉ちゃん、パス」

「えぇ!?えっと…」


 リリニシアの我の強さをよく知るスウォルは早々に手を引き、シェリルに投げた。


「あの、危ないですよ、リリニシア様。正直、私も行かなくて済むなら行きたくないですし…」

「えぇ、そうでしょうとも。幼馴染であるお二人だけを危険な目に合わせる訳には行きませんわ!」

「いえ、お気持ちはありがたいのですが──」


 同じく性格を知っているシェリルも、半ば諦め気味ではあったが、それでも投げ出さず、説得を継続しようとするが、リリニシアは先回りして、“逆説得”を図る。


「スウォルさんは当然として、シェリルさんも回復魔法は扱えないでしょう?傷は傷薬で治せても、体力まですぐに戻る訳ではありません。本当に危険な、ここぞと言う時にこそ、その差は大きいですわ!」

「そ、それは回復薬を併用すればある程度は──」

「お高いじゃありませんの、回復薬。その分を魔力剤に回して魔法で回復した方が経済的ではありませんの?」

「…ご、ごめんなさい。私には無理です…」


 シェリルは王に向き直り、半泣きで詫びた。


「…弁が立つようになったものよ。内容がこれでなければ喜ばしかったのだが」

「さぁお祖父様、旅立つご本人がたの同意をいただきましたわ!」

「いや同意はしてませんよ!?」


 二人が声を揃えるも、リリニシアは止まらない。


「後はお祖父様が首を縦に振るだけですわね」

「分かってくれ、リリニシア。ワシとて息子夫婦の仇は討ちたいが、お前までも失う訳にはいかんのだ」

「お祖父様…」

「ワシももう長くない。本来であれば、とうに王位を明け渡し隠居しているはずだった。お前が充分に成長したら、すぐにでもそうするつもりだ」

「…そうですか。それは──よかったですわね」


 リリニシアはニヤリ、と口元に笑みを浮かべた。


「なに…?」

「王位を継いだ後であれば、王が旅立つことになるところでしたわ」

「リリニシア…!」

「もしお二人と共に行かせてもらえないというのなら、ワタクシ一人で発ちます。どうしても行かせたくないのなら、独房にでも放り込むべきですわ」

「…」

「そうなれば、独房で飢え死ぬつもりですわ。お祖父様、根比べでワタクシに勝てたことが一度でもございまして?」

「…」


 幼馴染である二人が知るリリニシアの性格を、祖父である王が知らないはずもない。

 何度目かのため息の後、小さく言葉を絞り出した。


「…シェリル、スウォル。リリニシアを任せてよいか」

「許すんですか!?」


 スウォルが思わず大声をあげる。


「こうなっては、閉じ込めたところで、本当に飢えて死ぬまで意地を張りかねん」

「ん、んん…確かにそれは…」

「気づかぬ間に一人で抜け出されるよりは、お前たちに任せた方が安心できるというものだ」

「…どうする、姉ちゃん」

「どうするって言われても…。私、リリニシア様を説き伏せる自信ないし…」


 スウォルがすがるような目線と共にシェリルに話を振るも、シェリルも王と同じく、すでに諦めているようだった。

 三人の様子を気にするでもなく、リリニシアは高らかに声を上げた。


「そうと決まればシェリルさん!」

「は、はい!」

「準備をお手伝いいただけますかしら!」

「私がですか!?」

「同性であるシェリルさんにしかお願いできませんわ!」

「待てリリニシア!同行するのはともかく、まだこちらの話は終わっておらん!手伝いが必要なら侍女にでも──」


 勢いで話の主導権を完全に掌握したリリニシアを、王は慌てて静止したが、やはりリリニシアの暴走は止まらなかった。


「準備の間に置いて行かれたらたまったものではありませんもの!お話ならスウォルさんにしておいてくださいな!シェリルさんはお預かりいたしますわー!!」

「わ、分かりました!行きますから引っ張らないで…!」

「後ほど合流いたしましょう、スウォルさん!ではごきげんよう!!」


 そう言い残し、シェリルを文字通り引きずって、リリニシアは嵐のように去って行った。

 残された王とスウォルは、リリニシアが突然に現れ、突然に去って行った扉を茫然と眺めることしか出来ずにいた。


「…『お預かりいたしますわ』はもう、扱いが人質じゃねぇか」

「置いて行かれぬように連れていったのだから、実際に人質だろう。…止められなくて済まぬな、スウォル」

「え?」


 引きずられて行った姉を案じ、呟くスウォルに、王は心底申し訳なさそうに詫びた。


「お前、苦手であろう?リリニシアあの娘…」

「あ、えっと…」

「ワシもだ」

「あ、そうなんですか…」

「悪い子ではないのだがな…」

「もちろん、それは分かってます。ただ、人の話を聞かない感じが…ちょっと…」

「同感だ」

「苦労してるんですね…」


 残された男は二人、互いの辛苦を分かち合っていた。


「…それで、お話の続きというのは?」

「うむ。知っての通り、今この国の財政状況は芳しくない。大した額は出せぬが…それでも心ばかり、お前たちに餞別を用意した。持っていくがよい」


 臣下に声を掛け、中身が詰まって大きく膨らんだ袋をスウォルに手渡させた。


「これは?」

「伝説の剣や盾の他にも、装備品や道具は必要であろう。最低限の物を揃えられる程度の額はあるはずだ」

「ありがとうございます」

「なに、お前の言う通り、誰も命の保証などしてくれん危険な旅だ。ワシに…この国に今、出来る支援はこれくらいだからな…」

「いえ、これがあるとないとじゃ随分変わりますよ。助かります」


 受け取った袋を握りしめながら、王に頭を下げ、感謝を口にする。


「そう言ってもらえると救われる。ワシからは以上だ」

「では、俺はこれで失礼します」

「うむ。ところで──」

「なんでしょう?」

「『後で合流』とは言っておったが、場所と時間は決めなくてよかったのか?」

「…よくありませんね。ではまず、師匠せんせいに挨拶しようと思うので、二人が戻って来たらお伝えいただけますか?」

「確かに伝えよう。頼んだぞ、勇者スウォルよ」


 改めて跪き、頭を垂れた後、リリニシアとシェリルが去った扉を、スウォルも遅れて通り抜けた。

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