第2話 別たれた伝説

「そういうこと、だろうね。私が剣で、スウォルが盾か…」


 シェリルはそう言いながら、握った剣をまじまじと見つめると、“どうせどちらか片方だけなら”と大きくため息をつき、呟いた。


「た、盾がよかった…」

「剣がよかったー!!!」


 同時にスウォルも叫び声をあげていた。


「やっぱそうだよな!?逆のがよかったよな!?」

「う、うん。スウォルもそう思う?」

「当たり前だろ!そっちの方が俺…!」

「私も、剣より盾の方がよかったな…」

「…交換出来ねぇかな、これ」


 そう言いながら。スウォルはシェリルに向けて盾を差し出すと、シェリルはそれに応じ、剣を差し出しながら、もう片方の空いている手をスウォルの盾に伸ばす。

 スウォルも差し出された剣に向け、手を伸ばすも、やはりお互い、触れることは出来なかった。


「…出来ないね、交換」

「だよなぁ…」

「と、とりあえず戻ろっか?王様に報告しないと…」

「…あぁ、そうだな」


 二人は肩を落としながら、歩いてきた道を引き返し始めた。

 道中、シェリル以上に期待していたスウォルの落ち込み具合に、シェリルはなんとかフォローの言葉を捻りだす。


「ね、ねぇスウォル。考えようによっては、むしろアリなんじゃないかな?」

「…どういうこと?」

「ほら、魔物って“伝説の剣これ”じゃなきゃ倒せない訳じゃないでしょ?防御は“伝説の盾それ”で固めて、普通の剣で倒したっていいんだし」

「…」

「わ、私も剣とか苦手だけど、この剣の性能でカバー出来たりしないかな、なんて…」

「…」

「だ、ダメ?ダメだよね、やっぱり…。えぇと…」


 なんとか弟を慰めようと、再び頭の中で理屈を捏ね回しはじめたシェリルを横目に、スウォルはパッと顔をあげた。


「確かに」

「え?」

「そうだよ、姉ちゃんの言う通りじゃん。こいつで防いで普通の剣で倒しゃいいんだ。姉ちゃん天才か!?」

「あ、えっと、どうかな…」


 時として辟易させられることもあった我が弟の単純さに、今回ばかりは感謝した。

 とはいえ、やはりスウォルには“伝説の剣”という概念自体への憧れもあり、実用面に関しては納得したものの、感情がすべてを受け入れるには至らず、コロコロと表情を変えながら、王の待つ城へ向け、再び歩みを進めた。


「なんと、二人で分け合うことになるとは…」


 戻った二人の報告を聞き、王は目を丸くした。


「あの錆びた塊が、こうしてまともな武具としての形を得ている以上、やはりお前たちが新たな勇者であることに間違いはないのだろうが…」


 王はやや口ごもり、遠慮がちに続けた。


「しかし、まともな武具の形になったとは言えど、さして特別な物にも見えんな」

「えぇ。正直に申し上げて、どこでも売っていそうというか…」


 “正直に申し上げて”と前置きしながらも、国宝への評価を、シェリルはオブラートに包んだ表現を用いたが、スウォルはバッサリと斬って捨てた。


「期待外れですね、正直」

「ちょっとスウォル!」

「よい、シェリル。お前とて、同じ感想であろう」

「…はい」


 シェリルは肩をすぼめ、恐縮しながら頷いた。


「ただの剣と盾じゃないことは分かりますが、本当に伝説にうたわれるような代物なのかな、とは少し…」

「うむ…。だが、それらがお前たちを選んだのは事実。持っていくがよい。なぁに、もし使い勝手が悪ければ、それこそ店で新たな装備を買えばよい」


 王はあっけらかんと言ってのけ、カラカラと笑った。


「え、いいんですか?それで」


 スウォルは驚いたが、王はさも当然のように続ける。


「重要なのは伝説の武具を扱うことではなく、伝説に選ばれたお前たちが魔物を滅ぼし、人類我らに安寧をもたらすことだ。“それ”に固執する必要もあるまい」

「分かりました」

「むしろお前たちが、新たな武具で新たな伝説を作ってしまうくらいでいいかも知れんな」

「おおっ!新たな伝説…!」

「おやめください、スウォルがその気になってしまいます」


 案の定食いついたスウォルを手で制しながら、シェリルが王の戯れを諫めたが、王は口を閉ざさない。


「何を言うシェリル。その気になってもらわねば困る。それくらいの気概を持たねば、魔物を滅ぼせはしまい」

「そうだぜ姉ちゃん!俺たちで伝説作ろうぜ!」


 腹の中で“これだから男って…”と思う一方、確かに王の言うことにも理はあると考えたシェリルは、これ以上水を差さないことにし、話題を変えた。


「はいはい、そうね…。それより、出立後の動きについて確認をしておきたいのですが」

「あぁ、そうだな。…おい、地図を二人に」

「はっ。お二人とも、こちらを」

「ありがとうございます」


 兵から地図を受け取り、声を揃えて礼を言うと、二人はさっそく地図を広げた。


「まずはこの“ファーメニルス王国”から北上し、隣国“グリアム”に向かってもらいたい。その後は北西、“ニスアキア”を目指すのだ」

「…つまり、“リギン帝国”を迂回する形ですね」


 シェリルが要約すると、スウォルが首を傾げた。


「それなら普通にリギン突っ切ってニスアキア行った方が速くないですか?」

「スウォルだって、この国とリギン帝国の不仲は知ってるでしょ?」

「それは知ってるけどさ、魔物の脅威に晒されてるこの状況で、そんなこと言ってる場合じゃなくねぇか?」

「それはそうだけど…」


 スウォルの無邪気な正論への返答に困ったシェリルは、王に助けを求める視線を向けた。


「うむ。スウォルの言う通りではあるのだが、現時点で人類が支配する六国の中でも、リギン帝国の国土は最大、かつ軍事力も最も強い。奴らは現状、“自国の範囲に限れば”魔物を脅威とみなしておらんようだな」

「自分らだけ守れりゃ、後はどうでもいいってことですか?」

「そういう国なのだ。故に、リギン帝国の国土に踏み入れば、おそらくお前たちは迎撃されるであろう」

「なんだよそれ…。そこまで腐ってんのかよ…」

「スウォル…」

「というのも理由の一つだが、もう一つ大きな理由がある」


 やり場のない怒りに俯くスウォルに構わず、王は言葉を繋げる。


「つい先日、ニスアキアが魔物の手に落ちたと知らせがあった」

「え!?」


 スウォルも、スウォルの肩に手を置いていたシェリルも、同時に声をあげながら王に向き直った。


「ニスアキアを拠点に、隣接するグリアムとリギン帝国にも侵攻しているようだ。先ほど言った通り、リギン帝国の防衛力ならば当分はしのげるだろうが、グリアムはそうもいかん。つまりお前たちには、ニスアキア奪還の道中、グリアムを襲う魔物を蹴散らしてもらいたいのだ」

「…なるほど、分かりました」

「で、出来るかな、私たちに…」


 静かに呟き、頷くスウォルと対照的に、シェリルは不安げに声を震わせた。


「今さら何言ってんだよ、伝説作るんだろ?」

「わ、私は一言も──」

「いーや言いました!『はいはい、そうね…』って言いました!同意しました!」

「あ、あれはやる気を削いじゃいけないと思って!」

「──お祖父じい様!」


 二人が言い争いを始めようかという瞬間、背後から凛とした女性の声が響いた。

 シェリル、スウォルの向こうに、王と似た淡い緑色の長髪をなびかせる声の主の姿を認めた王は、ため息交じりに呟く。


「…何の用だ、リリニシア」

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