ブレイブ・ディバイド

みそすーぱー

第1話 双子の勇者、シェリルとスウォル

 ──伝説は語る。

“かつて魔の侵攻に対し、仲間と共に立ち上がった勇者は、長い戦いの中でその仲間を失いながら、からくも魔王を打ち倒した。

 魔王の繰り出す魔力を弾き、反らし、いなした盾は、あらゆる攻撃を凌ぐ完全無欠の盾となり、魔王の血を吸った剣も同じく、立ちはだかる一切を断ち切る至高無上の剣となったが、勇者以外の誰も、触れることすら出来なくなった。

 魔王との戦いを終えた勇者は、誰にも扱えぬ剣と盾を封印し、一人どこかへと姿を消した。”

 およそ千年前の出来事だと伝えられている。

 剣と盾が封じられた地には国が興され、国宝として祀られている。


 魔王を失った魔物たちは、されど死に絶えた訳ではない。

 自らが新たな魔王として覇を唱えるべく、今日こんにちに至るまで、絶え間なく戦い続ける者も多かった。

 人類相手にも、魔物同族相手にも、である。


 ──予言は語る。

“今日ある村で、一つの家に、次代の勇者が生を受ける。

 十六の年に旅立ち、千年前の勇者が封じた武具を手に、の人魔の戦いに今度こそ終止符を打つ。”


 予言を受け時の王は、“ある村”に使いを出した。

 帰った使者の報告によれば、確かにその日、新たに産声を上げた赤子がいた。

 王は歓喜した。


「その赤子こそが宝を用い、魔物を根絶し、人類我らの救世主となるのだ」


 しかし使者は、気になることがあると言う。


「ですが、産まれた赤子は二人。双子でした」

「双子?予言者はそんなこと一言も…。どちらの子が?あるいは二人とも…?」

「貧しい村です。あの家に二人の子を育てる余裕はないかと。放置しておけば、二人とも飢えて死ぬ可能性も考えられます」

「援助が必要である、と?」

「はい。どちらが勇者であるか分からぬ以上、二人ともが健やかに育つのが望ましいかと存じます。もしくはその双子を引き取り、こちらで育てるか」


 王は腕を組み、唸った。


「親元から引き離すということか」

「いずれにせよ金を握らせる必要はあるでしょうが、それも選択肢でしょう。今なら本人たちの記憶にも残りません。珍しい髪の色ではございましたが、成長しても“王都ここで育ったものだ”と認識するでしょう」

「…」

「村が魔物に襲われる可能性もあります。如何に次代の勇者といえど、訓練もなしにそうなってしまえば、ひとたまりもありません。それを考えれば、むしろ引き取るのが最善ではないかと」


 確かに使者の言うことにも一理ある。

 しばしの沈黙の後、王はため息まじりにゆっくりと口を開いた。


「…交渉を任せてよいか」

「無論です」

「十全に事情を説明し、望む額を聞き出してくれ」

「承知いたしました」


 再び村へ発つ使者の姿を見送りながら、王は再びため息をつく。


「親から子を奪わねばならんとは、我ながらなんとむごい決断を下すものよ…」


 それから十六年の月日が流れ、王都では若者が二人、走っていた。


「何やってんだよ姉ちゃん!置いてっちまうぞ!」

「待ってってば…!」


 “姉ちゃん”と呼ばれた、二つに結わいた銀色の長髪をなびかせる少女“シェリル・ファーニメルス”は、少し先を走る、同じく銀髪の少年、双子の弟である”スウォル・ファーニメルス”を必死に追いかける。


「そんなに急ぐ必要ないじゃない…」

「姉ちゃんに付き合ってたら日が暮れるっつーの!ちったぁ訓練の成果見せろよなー」

「そんなこと言ったって…。何をそんなにはしゃいでるの?」


 息を切らせながら問いかけるシェリルに、スウォルは立ち止まり、振り返って答えた。


「逆になんではしゃがねぇんだよ姉ちゃんは。今日はしゃがなくて何時いつはしゃぐんだ?」

「はしゃがないよ…。私たち、もう16だよ?」

「そう言うなよ。しばらく王都ここに戻ることもねぇだろうしさ。旅立ちの前にはしゃぎ回って、故郷の景色を目に焼き付けておこうぜ」

「…ねぇスウォル。不安だったりしない?」


 再び向き直り、走りだそうとするスウォルに、シェリルが声を震わせながら聞いた。


「ん?不安?」

「私たちが勇者なんて…。訓練って言っても、体を鍛えるとか、魔法の勉強の他はほとんど対人戦闘で?ょ。魔物相手に通用するかどうか…」

「そりゃねぇ訳じゃねぇけどさ、それよりも嬉しい方が勝つよな」

「嬉しい?」

「選ばれし英雄!みたいな。伝説の剣でみーんなまとめてズバッ!とさ」

「…」


 シェリルの呆れたような冷たい目線を受け、スウォルは即座に続けた。


「いや違くて。誰かがやらなきゃ、ずーっと戦い続けることになる訳じゃん?千年も前からやってるんだからさ。それを終わらせられるってのがさ」

「そもそも、予言なんて本当にアテになるのかな」

「姉ちゃんそればっかだな…。もう何回聞いたか分かんねぇよ」

「だって…私たちが双子ってことも予言にはなかったって言うし、どっちが勇者なのかも分からないらしいし、怪しくない?もしデタラメだったら…」

「そう言うなって。どっちが勇者でも、もう片っぽがサポート出来るように訓練してきたんだからさ。それに俺らには、育ててもらった恩があるだろ?」

「そうだけど…」


 やはり不安げなシェリルに対し、スウォルは腕に力こぶを作りながら笑った。


「姉ちゃんが勇者だったら俺が助けてやるけど、俺が勇者でも恨みっこナシな」

「スウォルが勇者であって欲しいな、私は」

「なんだよ、張り合いがねぇなぁ…。俺がバカみたいじゃんか」

じゃないから大丈夫だよ」

「…姉ちゃん、たまに切れ味すげぇよな」

「そんなことないと思うけど…。それよりお城行こ?急ぐ必要ないから歩いて」

「へいへい、承知しました」


 先ほどは異なり、先導するシェリルにスウォルが続く形で、二人は王城へと移動を再開した。

 城につくと即座に中に通され、二人は玉座にかける老いた王と対面した。


「よく来てくれたな、シェリル、スウォル」


 二人は跪き、こうべを垂れて恭順を示した。


おもてをあげよ。…もう十六年か。月日が流れるのは早いものだな」


 王の言葉に従い、首を持ち上げたシェリルが、王をまっすぐ見据える。


「捨て置かれた赤子である我々を拾い、今日こんにちに至るまで育てていただいたご恩に、ようやく報いさせていただきます」

「…あぁ」


 スウォルも続く。


「伝説にうたわれる勇者の武具で、必ずや魔物どもを絶やして参ります」

「うむ。この国の宝、お前たちに託そう。まずは地下へ潜り、勇者の武具を手にするがよい。あれは勇者でなくば触れることも出来ぬが、お前たちであれば…どちらかは触れることが出来るはずだ」

「はっ!」


 二人は声を揃えた。

「その後、ここに戻ってきてくれ。出せるだけの支援を出そう。…二人を地下に案内してくれ」


 王命を受けた兵の案内に従い、玉座の間を離れる二人を見送ると、王は一人、深くため息をついた。


「“捨て置かれた我々を拾い”、か。…真実を明かすべきか、黙っておくが幸福か。どうするべきかの、ワシは」


 案内の兵が国宝へと通ずる厳重な扉を開き、「ここから先は二人で」と促されたシェリルとスウォルは、封じられた勇者の武具に向け、歩を進めていた。


「…さっきまでの元気はどこに行ったの?もしかして緊張してる?」

「まぁ、伝説の勇者が使ってたモノだからな」

「誰も触れず、手入れもされず千年も封印されてたんだよね。…ボロボロになってたらどうしよう」

「…可能性あるな」


 雑談で緊張をほぐしながら地下道をしばらく進むと、少し開けた空間に出た。

 その中央には──。


「…あった!姉ちゃん、アレだ!…けど…」

「う、うん。これ…」


 二人の危惧した通り、すっかり錆びて古ぼけた、なんの変哲もない剣と盾が飾られていた。

 周囲を見回してみても、他にそれらしき物もなければ、それより奥に続く道もない。

 錆びた武具に近づきながら、スウォルは首を傾げた。


「…本当にボロボロじゃねぇか。使えるのか?これ」

「斬ることも守ることも出来そうにないけど…」

「だよな…。それに、ボロボロなのを差し引いたって、そこらで売ってるモノにしか見えねぇ…」

「…触ってみたら分かるよ、きっと」


 思い描いていた、華美な装飾が施された、見るからに伝説の剣と盾!──という想像を裏切られ肩を落とすスウォルに対し、もともと興味が薄い分、シェリルは落胆も少なく冷静だった。


「俺からでいいか?」

「えぇ」


 シェリルの答えを待たず、スウォルをまず剣に向けゆっくりと、恐る恐る手を伸ばした。

 まもなく指先が触れようかというところで──。


「…くっ!?」

「どうしたの?」

「…手が進まねぇ。…!」

「…少なくとも、お店で売ってる剣じゃないってことだね。次は私が…」

「あぁ…。勇者は俺じゃねぇ、ってことか…」


 先ほどは“恨みっこナシ”と言っていたものの、ショックを隠し切れないスウォルは退き、シェリルに譲った。

 大きく深呼吸すると、シェリルもスウォルと同じく、ゆっくりと剣に手を伸ばし──。


「…触れ、る…え!?」


 柄をしっかりと握りこんだ瞬間、ボロボロだった剣は、朽ちるまでにかけた時間をした。

自らの手の中で発生した超常現象に、シェリルは目を剝いた。


「な、なにこれ…!?」

「こりゃ確かに普通の剣じゃねぇや。…そっか、姉ちゃんが勇者…。いや、うん、おめでとう…」

「う、うん…」


 剣よりも魔法に長けることもあり、本人としてはあまりめでたくなかったが、あまりに大きく落胆するスウォルに、そうは言えなかった。


「恨みっこナシ、だもんな。…よし、切り替える。俺は姉ちゃんのサポートだ」

「…信頼してるね、スウォル」

「おう!…んじゃ、とっとと盾も取っちまってくれよ。王様に報告しようぜ」

「わ、分かった。私も覚悟を決めないとね…」


 そう言うとシェリルは、盾の持ち手にも手を伸ばしたが──。


「…ん、あれ?」

「なんだよ、早くしてくれよ」

「…押し返されてる」

「え?」

「スウォルと一緒。盾に感じ…」

「おい、冗談はやめろよ。ちょっとタチ悪いぞ」

「違うよ!本当にここから進まないの!」


 スウォルは、勇者でなかった自分をからかう冗談かとも思ったが、シェリルの剣幕に考えを改めた。


「どういうことだ?姉ちゃんが勇者なんじゃ…」

「…スウォル、試してみて」

「え?…いやいや、まさか」

「分からないけど…ひょっとしたら」


 シェリルに促され、スウォルが盾に手を伸ばす。


「触れた!?」


 なんの抵抗も受けず盾に触れたスウォルが、軽々と盾を持ち上げる。

剣と同様、みるみる再生していった。


「やっぱり…」

「…俺らは勇者の力を別けて産まれて来ちまった、ってことか…?」

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