第46話 一文の構造、基本は入れ子方式

 いきなりややこしいコト言います。本来、図解がないと意味分からん話です。


 最初の方で、小説というものをハコに収まった状態に喩えて説明しましたよね。作者の前にハコがあって、その中に「物語内容」と「物語る話者」が入っていて、その話者の口の中に「物語言説」が入っているカタチだ、と。


 この構図はそのまま一文の構造様式にも当てはまります。


『君の部屋に泊まったあの朝、初めて、暮れゆく空がじょじょに焼けていく夕焼けと、開けゆく夜空がしらじら燃えていく朝焼けとでは、同じ赤でも色が違うんだと気付いたんだ。』


 日本語の文法だと基本は入れ子式になるらしくて、上の文章だと



  「暮れゆく空がじょじょに焼けていく夕焼けと」ー|

                         |

「君の部屋に泊まったあの朝」ー「初めて」ーー「色が違うんだと気付いたんだ。」

                         |

「開けゆく夜空がしらじら燃えていく朝焼けとでは」ー|



 に、なります。

「暮れゆく空が――」と「開けゆく夜空――」は「色が違う」に掛かっている文節ってコトになります。係り受けの関係性が面倒臭いんです、この文章。


 修飾関係を取っ払えば「夕焼けと」「朝焼けとでは」「色が違う」です。


 で、この中心的な三つの文節それぞれに修飾の文節がくっついていて、意味を読み取るためには一度分解しないといけないんですよねぇ。既にここで面倒くささがあるっていうのに、それぞれの主格の文節の修飾関係がどうなってるのかが直感的に読み取れない文章なんです、これ。


「暮れゆく」ー「空が」ー「じょじょに」ー「焼けていく」ー「夕焼け」の五つの連節がどういう区切りになっているかが割と曖昧だってことです。


 つまり、「暮れゆく空がじょじょに焼けていく」-「夕焼け」なのか、

     「暮れゆく空が」ー「じょじょに焼けていく夕焼け」なのか、

     「暮れゆく空がじょじょに」ー「焼けていく夕焼け」なのか。


 この一文は、順番に読み解こうとするとつっかえてしまう組み合わせが入っています。全体を見渡さないと、すぐには意味が取れない組み合わせになっているんです。


 これ、入れ子の構造になっているんで普通に数式を解く感覚で読めば、するっと読めてしまうんですが、慣れていないと素直に順序よく読み下そうとしてしまうんですよね。読書に慣れてる人なら、この程度の入れ子ならすんなり読みますが。


 前に、Web小説のテンプレ作品は、そういうものだというお約束で読むという話をしましたが、まったく同じことです、これ。そういうフォーマットがあってその独自ルールに基づいて読んでるんです、各ジャンルの読者というのは。



 で、ここまで面倒臭い文章はあまり見掛けないと思います。わざわざ係り受けが錯綜しまくってる文章を例題用にと作ったんですよ、ジミに大変でした。(オマケに後から気付いたんですが、文中の「焼けていく夕焼け」も定型文だと「暮れていく」が「夕焼け」に掛かることが多くて、混乱の元だったりしますよね)


 でもここまでじゃなくても、入れ子になった文章なんてのは割とポピュラーだったりします。


 文章の基本は「一文一意」で、出来るだけ解りやすく、誤解の少ない文章が良いとされてますけど、それ、あくまで初心者向けだと思うんですよね。この程度の入れ子構文は使いこなせないと、読者はすぐ文体に飽きると思いますから。あの手この手の飽きさせない工夫の一環という位置付けではないかなと。これ。(ここまでやっちゃうと悪文ですが)


 それで、こういう面倒な文章を綴る時には「入れ子構造」というルールに従って読み書きするんだよ、ということになってたようです。読解力という読者側の能力に依存してしまう難点がありますけど。


 昭和初期あたりの古い時代にあったルールなので、今でも復活させれば通用するだろうと思います。明治大正昭和は文学文芸にとっては地続きですので、そっちに慣れた読者は今でも難なく読み取れるはずなんですよね。


 非常に長いセンテンツを持つ文体を書く作家というのはたまに居まして、そういう作家の文章が読みにくいかと言えば必ずしもそうではない、というのはこういう所に理由がある、ということなんでしょう。


 修飾関係と係り受けが明確であれば、センテンツは必ずしも短くしなければならないというコトはないです。

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