第23話 作文:説明で話を進めてしまった悪文見本

 さっき、辞表を出してきた。

 アシスタントの立場なんて吹けば飛ぶような世界で、もともと圧力のない時などなかったけれど、それがあの世界では常識だと言われていたから我慢してきた。麻痺してただけだ。突然気がついて、苦しくなってしまったらもう続けられない。


 本音を言えば、まだ続けたかった。別に酷い嫌がらせを受けたわけじゃないし、セクハラがあったわけでもない。デリカシーのない挨拶と、ほんの少しの無茶振りと、時間外労働がじわりじわりと気付かないうちにエスカレートして増えていると、ある日突然気が付いてしまっただけ。


 そこに大手事務所の不祥事発覚まで重なって、戒厳令みたいな無言の力がますます強まった。少しずつ我慢しないと回らないから、下請けの下請け、孫請け会社みたいな小さな会社はそうでもしないととても生き残れないから仕方がないって、それは解っていて、だけど気付いてしまったら苦しくて仕方ない。


 世間の普通の会社はどんどんホワイトになっていってるって、ネットやニュースで流れている情報は本当なわけがないのに、なんだかだんだんこの業界だけが腐りきっていて、私は一番の底辺で必死に泥の中で呼吸しようと藻掻いているだけな気がして苦しくて。


 辞めたくなかった。でももう未来がないような気がして目の前が、あの日、真っ暗に感じてしまったからもう無理だと悟ってしまったんだ。世間はクリーンになろうとしてると感じてしまった。もう無理だ。この業界はその気がないんだと感じてしまった。ここは死んだ場所なんだ。こんなに乖離しているんだと気付いてしまったら、もう頑張れない、我慢できない、我慢したって光なんか差さないってことに気付いてしまったから。


 辞表を出したヤツを最後までこき使う会社だったなぁ。


 気付けば終電の時間が迫っていてヤケ酒を引っかけに行く余裕さえない。これが男ならそこらで酔い潰れたって、よほど運がないヤツ以外は当たり前に朝を迎えられるのに。女だというだけで私はムシャクシャしたまま電車に揺られて家に帰らなければいけないんだ。


 やめよう、鬱々した気分がさらにドン底に盛り下がるから。


 明日からはちゃんと髪をとかして出掛けよう。つけ睫毛もして、ファンデもしっかり付けて荒隠しをして、つや肌を作って出掛けるんだ。美容室も予約しよう。軽めの色に染めて、可愛らしく見えるショートのボブにしよう。


 服もちゃんとしよう。作業着みたいなジャージはもうぜんぶ捨ててやる。いや、捨てるのはさすがに勿体ないから寝る時用にして、昼間は小綺麗な格好をして過ごそう。ハロワで普通の会社の面談を受けて、普通に働くんだ。そしたら普通のお洒落なアフターが送れる。映えてるカフェでお洒落ランチだなんて、あの業界の制作会社じゃほとんど御法度だったもん。


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