第8話 思考が安定しない不安定な「私」
実例ということで作ってみたんだけど、いざ作れとなるとなかなか難しいのがこのタイプだと改めて実感しました。最初の方で時間軸が明かされる文言があれば一番簡単に見分けられるんだけど、他にも対話で始めるってのもアリだと気付きました。誰かに語ってる形式から始まれば、過去を語ってると自然に理解が入ってきますよね。
例えば芥川の吾輩は猫であるなんかも最初の文章でね、「吾輩は猫である、名前はまだない。」なんて始まり方なんだけど、これ、これがすでに対話形式になってて過去形なんだよね。恐れ入ったよ。「恥の多い人生をナンチャラカンチャラ」なんてアレも最初に誰かと対話する文章を置いて、もう過去に時間軸固定しちゃってんだよね。
地の文が誰かと対話している体裁になっている作品ってとても多いので、そういう作品はその後にどれだけ今現在っぽいことを書こうが、これはもう誰かに臨場感たっぷりで聞かせているだけってのが自然と納得されました。だから違和感は覚えないです。他の問題はアリでしたが。
実例として出した作品も、ちょっと時間軸が固定気味というか、普通に過去形でも読めるんじゃないかという気がします。なのでもうちょっとこう、時間軸があやふやで読み心地が安定しない作文をと思ってたのですね。書き直しが要るなぁ、と。
そんな時にちょうどよく日頃視聴しているネットラジオのね、作家先生がやってる動画があるんですけど、そこで課題が出たんでチャレンジしましてね、発表もしてきたんですよ。で、後で改めて何度か読み返したところ、偶然ですがこの「あやふやで読み心地が不安定」という作品が出来てたんですよ。なのでこっちに持って来てみました。
<実例作品>
「好き」だって。
好きって言われちゃった。私のこと、好きなんだって。
小学校も中学校も、高校ですら、地味で目立たない女子だった私のこと、「好き」なんだって。もしかしてからかわれてる?
石川くん、出席番号1番。佐川さん、私。出席番号3番。2番の男子、名前忘れた。
昨日の放課後のことでした。教室で残っていたら後部ドアが勢いよく開いたんです。石川が飛び込んできて、大声で「好きだ!」って。また飛び出して行きました。
放心状態で家に帰って、じわじわじわじわ。
私、「好き。」って言われちゃった。
<実例作品>
めっちゃ短いショート作品なんで、ちょっと感じ辛いかも知れませんが、かなりブレブレです。この調子で先を続けていけば間違い無く途中で詰まって筆が止まります、ええ、自信を持って断言します。いつものパターンが出てます。
今、この瞬間を切り取ってピチピチ新鮮なまま、鮮度を落とさずにナマのままでお出ししようと心掛けてしまえば、いつもの通りに現在進行形のドツボに嵌まってとっぴんしゃんです。
感情豊かで、喜怒哀楽がはっきりしたタイプの「私」というキャラは、すごく魅力的でどうしても今この瞬間のピチピチ新鮮なナマをお届けしたいと思ってしまいます。それが罠なんですよね…
容姿を書き添えるタイミングが見つけられず、風景を伝える機会を見つけられず、ひたすらその時その時の、一瞬ごとの感情をリアル実況生中継ってことに陥ってしまうんです、これ。書けるのは思考と音声、極度に先鋭化した「私」の視界のみ。
ここで書いているこのエッセイ文、これを思って頂ければ解り良いかと。書き手である「私」の容姿も、私のいる景色も、周囲の状況の一切合切、書いていないわけです。純粋な一人称で現在起きていることを描写するならこれが正しいはずです。
人間の思考はそんなに器用じゃないです。視界に映る余分な情報は脳みそが受け付けませんし、集中している時は周囲の景色など無いも同然です。それが「今」の見え方だと思います。
だから、過去形にならないと、それらは自然に浮かぶ思考情報ではありえないので、現在進行形で地の文の「私」も現場を体験しているとなると、そう、突如としてキャラの容姿が語られたり、ふいに周囲の景色が語られたりする状況が生まれます。それはとても不安定な精神状態、としか言いようがありませんよね。
長年苦しんできた視点の問題ですが、一つは自己流なりとも解決しました。
「一人称視点の作品は過去形しかありえない」です。
まぁ、これを逆手に取って、とてつもなく不安定な読み心地を敢えて読者に与えてみる、という企ては立てられるかとも思いますが。
あるいはとても書く難易度が上がります。ショート作品の中で筆者がやってることですが、ごく自然に描写が脳裏に浮かぶ状況へと「私」の思考を誘導してから、本来は浮かばない情報を書き込んでいます。
三人称か過去形一人称ならいつでもどこでも書き込んでいい容姿だの関係解説だの情景描写だのは、すべて一旦「私」の感情に乗せて誘導してこないと書けない、というお話でした。
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