第7話 作文:現在進行形で書きたくなる「私」タイプ

 父が再婚したら弟が出来たそうなんです。いや、聞いてないんですよ、私。


 父が再婚したので義理の弟が出来た、そこまでは納得しましょうよ。世間じゃよくある話ですよ。再婚相手の女性に息子さんがいる、その程度はもうよくある話だと思うし、その息子さんが社会人の私と違ってまだ学生だということだって世間じゃよく聞く話だと思います。そんなことに文句を言っているわけじゃないの。私はそこまで了見の狭い女じゃないつもり。


 ただね、いくらなんでも未婚の男女を二人きり残してトンズラはどうかと思うの。うら若き社会人三年生のアラサー女子と、ピチピチ大学生の青少年を二人きり残してカナダに移住するって、それはどういうつもりなの? 同じ三年生、仲良くやれってそれシャレになってないから。

 出張のついでに移住って……、移住ってついでにやるモンだったっけ? 私、これでも独身なんですけど? 二人で助け合いながら暮らすんだよって、それアカの他人の姉弟に言う言葉じゃないよね? 元を糺せばアカの他人なんですけど、私たち。

 会社も会社だよ、なんでうちの父親に出張話とか降ってくるかな、こんな時期に。美味しいメープルシロップ送るからね、じゃねーんだわ、年甲斐もなく浮かれちゃってバカ親父。アンタ数年後には定年だよ? 定年! 断れよ、長期出張!

 

 そりゃあ確かに二人とも二十歳は過ぎてるわけで、独立しておかしい年齢でもないとは思うけどもさ。もしかして、暗に早く出ていけって催促してるとか? いつまで実家に居座るつもりなんだ、このゴクツブシがとか、言葉にはしないでもそう考えていたとか言うの? ちょっとどういう了見なのか誰かちゃんと説明してよ!


 出勤直前に報告したきり、私はまったく納得なんかしてないのに二人はいそいそと出掛けて行ったらしい。シン弟もそれを笑顔で見送ってあげたって、アンタもそれ、どういう了見なの?


「お姉さん、晩メシ何にする?」

 ぐるぐると無駄に思考を回していたら、シン・弟くんがひょいと台所から顔を出して問いかけてきたりして。思わず顔を上げたらバッチリ目が合ってしまったりして。


 ふんわりウェーブの前髪を指先でちょいと横に流す仕草がすでにイケメン。女の子たちが嫉妬するほどの整った顔立ちに、筋肉質なボディが服の上からでも解ってしまう逆三角なシルエット。上背もあって足も長いとくれば、ドギマギしない方がむしろおかしいでしょ。だから何でコレと私を一緒に置いていくのよ、バカ親父!


 嗚呼、止めて、お願い、イケメン面で見つめないで。おかしな気分になったら、今夜きっと眠れないから。少女漫画じゃないんだから、こんなシチュエーションで喜べるわけないでしょ! 一人芝居が無性にもの悲しくて情けないわっ!

 わかってる、こんな私の自惚れなんてきっと君は意にも介さないことくらい解っているんだけど、悲しいかな、これが女のサがなのよ。イケメンには無条件に心トキメいてしまう哀しき生き物が女なの。

 このオバサン何を一人で百面相してんだろと思っているその目付きも、こちらにすれば私を見つめる熱い眼差しに感じてしまうワケなのよ。醒めた脳みその片隅が、そんなワケないじゃーん、てしきりに煽ってくるんだから自分でも解ってんのっ。

 ただの勘違いなんだけどねっ。


 嗚呼、眩しすぎて見つめてられない。思わずギュッと目を閉じる。

「ねぇ、お姉さん、晩メシなんにするのさ?」

 何の感情も籠もっていない声。呆れ顔すらイケメン無罪。

 居間の畳で七転八倒してる場合じゃない。


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