58.欲しいもの

「ちょっと、アルゼ……っ」


 レティアが後ろから小声で話しかけてきた。


 ――おっと、しまった。今は謁見中だった。


 俺は慌てて姿勢を正し、


「申し訳ありません、国王陛下。驚きのあまり少々取り乱してしまいました」


 と、俺は頭を少し下げて謝罪した。


「よい、取り乱すのも致し方ないであろう。このことは身内だけにしか伝えておらなかったのでな」


 言われてみれば、先ほどの王様の発言から周りがざわつき始めていた。国の中枢となる貴族が大勢この場にいると思われるが、王様が言ったように今この場で知ったせいか、一様に驚きを露わにしていた。


「無論、イリヤも承知した上でのことだ。詳しくは後に話すとしよう」


 王様がそう言い、メルやレティアたちにも労いの言葉と褒賞の話をして、謁見の場はとりあえずお開きとなった。

 俺はちらりとイリヤ王女を見てみる。彼女は目が合うと、ニコリと可愛らしく微笑んだ。


 ――なるほど、承知してるっていうのは本当みたいだ。


 とはいえ、俺には多くの慕ってくれている女性たちがいる。そして、後ろからなにやらプレッシャーを感じるのだ。


 ――これはいったいどうしたものか……。


 俺たちは謁見の間を後にし、今回のことについて詳細に話し合うため、執務室へ移動するのであった。



 ◆◇◆



「もうっ! シンシアが余計なことを言うから本当になっちゃったじゃないの!」


「いえ、まさか本当にこんなことになるとは……イリヤ様はいつもレティア様のを聞かされていて、羨ましそうにしていたので冗談半分で言っただけだったんですが……原因はレティア様にもあると思いますよ?」


「うっ……そんなこと言ったってしょうがないじゃないの。私だってイリヤがそういうことを制限されてるから良かれと思って話してただけなんだし……イリヤも嬉しそうにニコニコ話を聞いててくれたわよ?」


「それはレティア様が気づいていなかっただけかと……それにイリヤ様はご親友ですけどレティア様と会える機会も限られていますし、そうやって乙女の話ができるだけで嬉しかったんじゃないかと」


「まったく、レティアのせいでアビの序列がまた下がってしまうのですよー」


「序列ってお前……」


 アビはいつも以上にジト目でレティアを睨んだ。

 どうやら彼女の中では、俺が彼女たちに対するランク付けがされていて、人が増えるごとに自分のランクが下がると思っているらしい。

 当然、俺はそんな気はないし、そういうことになるのなら全員平等にするつもりなのだが……。


「王女なのですよ? レティアの公爵令嬢よりも上なのですよ? 誰よりも1番上になるに決まってるじゃないですかー。メルだって、最初は独り占めしてたのに、後からどんどん抜かされたらいい気がしないのですよー?」


「え? わ、私はアルゼ様と一緒にいられれば幸せですから……たしかに少しだけ嫉妬する気持ちもありますけど、だからといってアルゼ様は蔑ろにする方ではありませんので、私は信じてます!」


「メル……」


「はー、メルはできた考えしてるのですよー」


 そんな話をしていると扉が開き、


「待たせたな」


 王様とイリヤ王女が揃って入ってきた。

 俺たちがその場に跪こうとすると、王様は「よい。ここは謁見の場ではないので、座って楽にしてくれ」と言って、ソファに座った。

 俺はどうしようかと逡巡したが、レティアが率先してソファに座ったので、俺も彼女の隣に腰を下ろした。


「お父様、少しよろしいですか?」


「うむ? なんだ、イリヤ?」


 イリヤ王女が俺に目を向けて話し始めた。


「アルゼさん、この国を救っていただき本当にありがとうございます。それに、レティア、シンシアもありがとう。メルさんとアビさんにも感謝してます」


「ハッ!」


「ふふっ、そんな畏まらないでください。アルゼさん、あなたに確認しておきたいことがあります」


「はい、なんなりと……」


「――あなたと彼女たちは、どういった関係なのですか?」


「――!」


 イリヤ王女は柔らかい微笑みを崩していなかったが、その質問は、彼女たちとの関係を見透かされているように感じた。

 王族に噓をつくつもりなんてもちろんないが、正直に答えていいものかと少し悩んでしまう。


「……彼女たちは、いずれ私の妻となることを約束している者たちです」


「やっぱりそうだったんですね。レティアからは話を聞いていたので知っていましたけど、家を出たときには驚きました。でも、こうしてあなたに会ったらその理由も少しわかった気がします」


 なんだかよくわからないが、一先ず怒ってはなさそうだ。


「レティア、ごめんね……?」


「いいわ。どうせおじ様が言い出したことなんでしょ?」


 レティアはそう言って王様をじろりと見た。


「うっ……まぁたしかに無理に進めたのは私だ。しかし英雄ともなれば、王族としても放ってはおけんのはわかるだろう? 4人も婚約者がいたのは想定外だったが……なにもイリヤを特別に扱えと言うつもりもない。この子は1番下の子だし、少しでも自由にさせてあげたいと思っている。だから王宮に住めとは言わんよ」


 それを聞いて俺は少しほっとした。


「お父様、せっかくの褒賞なのにアルゼさんの意見も聞かずに進めすぎです。こういうのは、気持ちが大事だってレティアも言ってましたし……」


「ふぇ!? え、ええ、まあそんなことも言った……かしら?」


「アルゼさん、正直におっしゃってください。嫌……じゃないですか?」


 不安そうな瞳で上目遣いで見つめてくるイリヤ王女。

 レティアの親戚に当たるだけあって、見た目に関しては非の打ちどころがなく、こうやって気遣ってくれるあたりとても優しい性格をしていた。


「嫌だなんてとんでもないです! もちろん驚きはしましたが……私はこれまで苦労をともにしてきた彼女たちとも約束してますし、誰かを特別扱いするとかはできません」


 俺が正直な気持ちをイリヤ王女に伝えると、


「はい。もちろん自分を特別扱いしてもらおうだなんて考えてはいませんし、そういう意味ではむしろ1番下としていただいても問題ありません」


「あ、いえ、序列とかそういうのはありませんので……。私としては、イリヤ王女殿下はとても美しく、聡明な方で私のような者にも優しく――とても好ましく思っております」


 彼女はそれを真摯に瞳で受け止めてくれた。


「ふむ、どうやらお互いの気持ちに問題はなさそうかな? とはいえ、たしかにこちらから選んだものを与えるばかりで、希望するものを与えていないな」


「いえ、そんなことは……」


 王様は俺とイリヤ王女を見て満足そうに頷き、


「なにか欲しいものはないのか? 何でも……とはいかないが、娘の結婚相手だ。ある程度は融通しようではないか」


 俺は王様の提案に少し考えて口を開いた。


「――1つだけ、欲しいものがあります」


―――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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