57.おとぎ話
「あー、緊張してきたな……」
王都へ向かう馬車に乗りながら、俺は何度目かもわからないため息を吐いた。
エンシェントドラゴンを撃退したあの日からすでに1週間以上すでに経っているが、あの場にいた俺たちは、エクエスさんの言った通り全員に褒賞を与えられることになった。のだが――。
「はぁ……」
「アルゼ様、大丈夫ですか? どこかお身体の具合が……」
「ああ、うん。体調が悪いわけじゃないんだけどさ、まあなんていうか、ちょっと憂鬱だなぁって」
「憂鬱、ですか?」
「そ。俺としては別に褒賞なんかいらないから、できれば放っといてほしいんだよな」
俺が愚痴をこぼすと、
「そういうわけにもいかないのよ、英雄さん?」
レティアが茶化すように俺を英雄呼びしてきた。
「『英雄』という話なら、お前たちも全員英雄だぞ?」
俺はメル、レティア、アビ、シンシアを順に見た。
実際のところ、今回の王都襲撃事件を解決に導いたのは彼女たちも同じで、やっていることの違いはあれど立場は変わらないのだ。
「英雄で一括りにするには大きすぎるのですよー。アビやシンシアは、メルやレティアと比べてもお手伝い程度しかしてないのですよ?」
「それぞれやれる範囲が違うからそれはしかたないさ。それよりも、やれる範囲でやったことが大事だと俺は思うぞ。そういう意味では、エクエスさんや兵士たち、街の冒険者たちも相当頑張ったと思うけどなぁ」
「それはそうかもしれませんが、エクエス様は別として、他の者たちの功績としては低くなってしまうのではないでしょうか。それに、やはり王国としても伝説上の怪物、エンシェントドラゴンを直接撃退したアルゼ様を英雄として称えたいという気持ちがあると思います」
「シンシアの言う通りよ。王国には大きな被害も出てるし、大切な人を亡くした人たちも大勢いるわ。そういう人たちのためにも、希望となる
「……とはいっても、また貴族になるなんて正直面倒なだけなんだよなぁ。たしかに家を追放されたときはショックだったけど、今となっては、この冒険者生活っていうのは俺に合ってる気がするんだ。なんとか回避できないもんかな」
メルに出会うまでは貴族というステータスを失ったことを引きずっていたが、彼女と旅を共にし、そこにアビが加わってレティアやシンシアまで一緒になった今に、貴族という身分は今更感しかなかった。
「それに関してはなんとも言えないわね。国王陛下から叙勲されるなら、そんな光栄なこと断るほうがマズイわね。まっ、覚悟は決めておくことね」
「はぁ……」
俺はもう1度ため息を吐いたのだった。
◆◇◆
「――面を上げよ!」
どうやらこれは引っ掛けらしい。
レティアが言うには、1度目は上げずに王様がもう1度促したら顔を上げていいようだ。
王城に来て王様と謁見するだなんてこと、地方貴族の嫡男だった俺には機会がなかったので、そんな作法も知らなかった。
――レティアがいてくれて助かったな。
「よい、面を上げよ」
王様の声が掛かり、俺たちは一斉に頭を上げた。
威厳のある声の通りに王様は迫力があり、その隣には王妃様も座っていた。
そして更にその隣には、1人の美しい少女が立っていた。
「国家に反逆する者たち、魔物の襲撃、そしてなによりエンシェントドラゴンという災いへの命を懸けた戦い……この国を代表して感謝いたす」
「もったいないお言葉でございます」
俺は再度頭を下げた。
実はここに来るまでの間に、謁見のやり取りについてはレティアから聞いていたので、ここでの内容はテンプレートに沿って進んでいくことがわかっていた。
――まぁ、そのほうが考える必要もないし受け答えがスムーズになるからいいといえばいいけどな。
「此度の功績に報いるものを与えなければならないだろう。何か望むものはあるか?」
「陛下の御心のままに」
「ふむ、そうであるか……」
俺が教わった通りの返しをすると、王様は少しの間考え込んだ。
「……アルゼよ、お主はグラント家の者であったな?」
質問内容がテンプレから変化したものとなった。
こういう場合は、普通に返すように言われているので、
「……はい。すでに廃嫡され弟のルイが継ぐことになっておりましたが、この度の事件に関与していたため、私の手で処断しております」
既にここにいる全員が知っていることだが、俺は自分と家の関係を明確に説明した。
「うむ。王家とも深い繋がりのあったウェルシー商会は『トランの消滅』から始まり、様々な悪事に手を染めていたため一族郎党処断された。グラント家も同様に家も取り潰しとなる」
「ハッ。私の父と弟が悪事を働き、この国に甚大な被害をもたらしたことを鑑みますと、私の功績に対する褒賞も辞退すべきかもしれません……」
「たしかにお主は家を追放されたとはいえ、元はグラント家の者である。たが、そうしてしまうと今回の事が王国の汚点として残るだけになる。お主については家を切り離し、国を救った『英雄』として褒賞を与えることによって、歴史が変わるのだ」
レティアが言っていたように、どうやら俺に対しては国の都合的な側面もあるようだった。
「よって、英雄たるお主には騎士爵を与え、我が娘――王女のイリヤと婚姻するものとする」
「……へ?」
まさかのおとぎ話のような展開に、俺の口から気の抜けた声が漏れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます