32.ルイの企み

 昼間にギルドで話を聞いたルイとレオたちは、酒場など食事処が建ち並ぶ通りに足を運んでいた。

 まずは憎きアルゼの様子を確認し、今後の予定を立てるためだ。


「あれは……レティアか?」


 ギルドで別れたレティアが、1つの店に入っていった。


「レオさん、あの店にレティアが入っていきました。ついていってみましょう」


「先ほどの無能の婚約者か」


「元、ですよ。お忘れなく」


「む、そうか。すまなかったな。よし、行ってみよう」


 レティアが何と言おうと、ルイの中ではもう自分の婚約者となっており、今後どうとでもできる自信もあった。

 ルイとレオたちはバレないように入口の端に座り、様子を眺めた。


(いた――! 無能め!!)


 テーブルにはアルゼとレティアにシンシア、それとルイの知らない女が2人座っていた。


(調子に乗って女を侍らしやがってッ! 貴様にそんなことをする権利などない!)


 ルイはその光景を見て、今にも斬りかかりたくなる衝動を抑え、じっと睨むような視線を送り続けた。


「久しぶりに見たが……相変わらず反吐が出る面をしているな」


「ええ、ほんと。ていうか、あんな無能に集まる女とか終わってるわね」


「まったくだ。あの頃とちっとも変わってないように見える。あの婚約者とやらも何をそんなに執着してるのか……」


 ルイはガストをぎろりと睨む。


「ああ、すまん。元、だったな」


「ふん、彼女はまだわかってないだけですよ。どれだけスキルが家のことに繋がっていくか。そして家柄というものがどれほど大切なものか。これから俺が彼女に教えてあげますよ。――あの無能を始末したあとでね」


 ルイはアルゼをどのように苦しめながら始末するのかを想像する。


(ここまで俺を苦しめたんだ。簡単に始末してもらえると思うなよ!)


 レティアのアルゼに対する態度を見てさらに憎悪を増していくルイ。レオもアルゼが『勇猛な獅子』を追放されたことをまったく気にすることもなく、今を楽しそうにしている様子にだんだんと腹が立ってくる。


「無能の分際で生意気め……! 今にみて……ん?」


 アルゼたちのテーブルに、1人の執事が近づいて行った。

 もしや執事を雇えるほどの金を手にしたのかと驚愕していると、


「どうやら、あのメルとかいう女奴隷の交渉をしているようですね。……ふん、そんなもの高く売れるうちに売ってしまえばいいものを、なにが『大切な存在』だ。しかもそれを普通レティアの前で言うか!? クズ野郎め……!」


 ルイはアルゼの対応がいちいち癇に障り、イライラが収まらない。


「どうやら、交渉決裂のようだな。いやに大人しく引き下がるじゃないか」


「ええ……いや、待ってください。あの男、どこの誰かって聞こえましたか?」


「あら、私聞こえたわよ。ウェルシー商会のジャークってやつの使いって言ってたわね」


「ウェルシー商会のジャーク……!?」


 レオたちはその名前を聞いてもピンときていないようだったが、貴族であるルイにはその名前に聞き覚えがあった。――主に、悪い方面でだ。

 その商会はグラント家と取引はなかったが、王都ではかなり幅を利かせているようだった。それに、品行方正のアルゼは知らなかったが、裏の世界にも通じるルイにはジャークの名前は悪名として知れ渡っていた。


(犯罪も平気で犯すような屑……そんな奴が狙った獲物を逃すわけがない)


 執事の男は店を出て行った。

 ルイは頭をフル回転させる。


(上手いこといけば、王都最大級の商会にここで恩を売ることも可能……か?  そうすれば、我がグラント家の王都での地盤ができるかもしれない)


 ルイはレオたちに向き直り、


「――あなたたちにとってもオイシイ話があります」


 と、歪な笑顔で提案するのだった。



 ◆◇◆



「お待たせしました。一旦、屋敷に戻ります」


 ヴァランはそう言って、店の外で待たせていた馬車に乗り込もうとすると、


「――待ってください」


 後ろから引き留める声が聞こえた。


「はい? どちら様ですかな?」


 ヴァランは振り返って、声を掛けてきた4人組の姿を下から上まで素早く観察する。


(冒険者……のように見えますが、いったいこの私に何の用なのでしょうか?)


「私はルイ・グラントと申します。今は訳あって冒険者をしていますが、グラント子爵領の跡取り息子ですよ」


「なんと! これは大変失礼いたしました。私、ウェルシー商会のヴァランと申します」


 ルイの身分を聞いたヴァランは深く頭を下げた。


「ああ、今の俺はただの冒険者にすぎないので、そのような態度は不要です。彼らはAランク間近のBランクパーティー『勇猛な獅子』の皆さんです。今は彼らとともにしてるんですよ」


「そうでございましたか。Bランクとは素晴らしい。しかもAランク間近となれば、我らウェルシー商会の依頼を受けてほしいでございますな。しかし、どうして声を掛けられたのですかな?」


「ええ、実は先ほどの様子を見ていましてね」


 ルイがそう言うと、表情の変化こそないがヴァランの眉がピクリと反応を示す。


「先ほど、といいますと?」


「アルゼ……俺の兄についてですよ」


 ルイの言葉に、ヴァランは今度こそ目を大きく見開いて驚きを露にするのだった。

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