31.大切な存在

「まぁまぁ、まずは落ち着けって」


 俺は肩で息をするレティアを落ち着かせようとするが、


「いったい誰のせいでこんなことになってると思ってるのよ!」


 しまった、藪蛇だった。


「あのな、俺たちには俺たちの事情ってものもあったんだよ」


 このままじゃ埒が明かないので、俺はレティアに1から説明することにした。


「俺だってな、父親から家を追い出され、しかも婚約者を弟に奪われたんだぞ? それも相手は納得してると言われたんだ。まぁ、実際は納得してなかったみたいだけどな。そんなわけで、俺の精神的ダメージなんてものは相当なものだったんだぞ? 特にレティアを失ったと知ったときは本当に目の前が真っ暗になったよ。まぁそんなこともあって俺は冒険者に――」


「――え? そ、そんなに私のことを、お、思ってたの……?」


 レティアは頬を染め、上目遣いで俺に確かめた。


「お、おう。そりゃまあ、昔から結婚するんだと思ってたし、レティアは、か、可愛かったからな」


 俺までなんだか耳が熱くなってきてしまった。

 実際、レティアのような可愛い子と結婚できると思ってたあの日々は、間違いなく幸せな日々だった。

 それが突然崩れ去ったのだから、俺の言ってることは大げさでもなんでもないのだ。


「可愛い……そ、そう? ふ、ふーん……じゃあ、許してあげないこともないわよ?」


 レティアはふいっとそっぽを向くが、口元はにやついていた。


「まぁ今回のことはアルゼも失意からのってことで――」


「――アルゼ様、よろしかったらメルをレティア様にご紹介していただけませんか?」


 なんとか話が収まりそうなところで、不意ににこやかな笑みを浮かべるメルから投げかけられた。


「あ、ああ、そうだったな。レティア、ちゃんと紹介してなかったな。この子がメルっていう名前の鬼人族の子で――」


「ご挨拶が遅くなりました、レティア様。私は鬼人族のメルというアルゼ様のです」


のレティアよ、よろしくね。」


 やけに『奴隷』という部分を強調して自己紹介をするメルに、レティアも対抗するように『婚約者』という言葉に力を込めた。


「はい、よろしくお願いいたします! アルゼ様はそれはもう素晴らしい方で、私のことを救い出してくれた物語の勇者様のような英雄なんです」


「うんうん、アルゼは昔から身分とか関係なく、誰にでも優しかったからね」


「とってもかっこよくて、それにとてもお強いですし、聡明な方です!」


「うんうん、そうね」


のときはとても気遣ってくれて……」


「うん……ん?」


「メルのことを大切だと、いつもくれてます」


「……は?」


 ――あ、やばい。


 メルは頬に両手を当ててくねくねと照れているが、それとは対照的にレティアの瞳から光が消えたように見えた。

 俺は直感的にこれ以上はまずいと悟り、


「メ、メル、そういう話は――」


「……そういう話ってどういうことかしら? じっくり聞かせてくれる?」


 話を切り上げようとしたが、レティアがそうはさせなかった。


「いや、だからそれは……」


「ん?」


 レティアの圧がすごい。なんだか胃がキリキリしてきた。


「えーとだな――」


「――お食事中失礼します。アルゼ様、少々お時間よろしいでしょうか?」


 俺が胃を痛めつつもうまい言い訳を考えようとしていると、見るからに偉い人たちに付き従ってるような執事のような人が声を掛けてきた。


「えーと、どなたでしょう?」


「ちょっと、アルゼ!」


「まぁ、待てって」


「突然のご訪問、申し訳ありません。私、ウェルシー商会のジャーク様より言伝を預かりました執事のヴァランと申します」


 ――ウェルシー商会……? あっ! あの腹立つやつの商会か。


 ヴァランと名乗った執事は丁寧に頭を下げ、あのジャークとかいう太っちょとは全く違う対応だった。


「はあ……まさかとは思いますけど、またメルのことについてですか?」


 俺が名前を出すと、メルの肩がピクリと跳ねた。


「ええ、ご明察です。大変不躾だとは思うのですが、彼女を当方にお譲りいただくことはできないでしょうか? もちろん、できる限りのご要望には答えさせていただきます」


「それについてはもう話がついたと思ったんですけどね。俺にその意思はないですし、彼女にもないです。そうだろ? メル」


「は、はい! 私はアルゼ様の元を離れたくないです……」


「ということでして、金額とかそういう問題じゃないんですよ」


「……左様でしたか。では、どうしてもお譲りいただくことはできませんか?」


 ここまで言っても、ヴァランは諦め悪く食い下がってきた。あの太っちょに厳しく言われてて簡単に引き下がれないのかもしれないが、俺も当然意見を変えるつもりは一切ない。


「何度言われても無駄ですよ。それに、先ほどから譲るとかモノみたいに言ってますけど、僕にとって彼女は奴隷以前に大切な存在なんです。そんな譲るとかのやり取りなんてしませんよ」


「アルゼ様……!」


 俺の言葉を聞いたレティアが口をパクパクさせているが、こういう相手にはしっかり言わなければ伝わらないし、いい機会だから本音をレティアにもわかってもらいたかった。

 だからといって、レティアが大切な存在ではないのかと聞かれれば、彼女もそういう存在なことに間違いはないが。


「……承知いたしました。どうやら意思は固そうですね。帰ってその旨、ジャーク様にお伝えいたします」


「ええ、お願いします」


 ヴァランはそれ以上は粘ることなく、店を出て行った。


「はぁ……アルゼの気持ちはよくわかったわよ。きっと家を追い出されてその子と出会ってから、色々あったんでしょうね。ええ、と」


「う……」


「別にもう責めてるわけじゃないわ。実際、アビって子のいう通り、魅力的な男には色々と寄ってくるものだしね。いいのも悪いのも。さっきのヴァランっていう執事もそうよ。あの目、まだ諦めたわけじゃないわよ?」


「ああ、そうかもな……」


 最後のヴァランの目を思い出す。

 何を考えているかわからないが、口で言うほどすんなりと諦めた目ではないように思えたのだ。


「まったく、大変な相手を好きになっちゃったわ……」


「ん、なんて?」


「な、なんでもないわ!」


 考えを巡らせていたので何を言ったか聞き取れなかったが、レティアの顔は耳まで真っ赤に染まっているのだった。

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