30.権利

「今日もご馳走なのですよー」


 テーブルいっぱいに並べられた料理を見て、アビが目を輝かせた。

 俺たちはここ数日、テオス山で魔物を討伐して依頼をこなしていた。そのおかげもあって、それなりに潤沢な資金を得たので食事だけは満足なものにしようと、好きなものを食べて飲んでいた。


「今日は食べ過ぎて動けないなんてことにならないでくれよ?」


「そうですよ、アビ。お酒も飲みすぎちゃだめですよ?」


「わかってるのですよー」


 アビは昨日、腹をぱんぱんに膨らませるほど食べて酒もがぶがぶ飲んだせいで、自分で歩けなくなった彼女を俺が宿まで運んで行ったのだ。

 メルは自分が運ぶと言っていたが、奴隷といえど女の子に運ばせるのは気が引けたので俺が運んだ。


「さあさあ、飲むのですよー。メルは今日も飲まないのですかー?」


「私はお酒は得意じゃないので……酔うとよくわからなくなっちゃいます」


「このふわふわした気分になれるのが最高じゃないですかー。ちょっとだけ飲んでみます?」


 アビが「ほれほれ」とメルにジョッキを近づける。


「おいおい、無理に飲まそうとするなって。代わりに俺が飲むからさ」


 メルが飲むとどうなるか知ってる俺は、アビの持つジョッキを取り上げて、自分の口にエールを流し込んだ。


「あー! アビのお酒を取るとは酷いのですよー!」


 騒ぎ立てるアビを華麗にスルーし、


「お、今日も美味そうな料理がたくさんだな。いただくか!」


「はい、アルゼ様!」


「無視するんじゃねぇですよー!」


 俺たちは目の前の料理に手をつけるのだった。


「見つけた……」


「ん?」


 すぐそばで声がしたので見上げると、


「――見つけたああぁぁぁぁあああっ!!」


「うおぉお!?」


 そこには、なんと婚約者のレティアが立っていたのだった。



 ◆◇◆



「えーと、ここまでの話をまとめると、レティアは婚約を破棄したことを知らず、公爵とグラント家が勝手に進めていたってことか?」


「そうよ。だから無効よ」


 レティアは怒ったようにぷいっと顔を背けていた。


「でも、俺が家を追い出されたのは変わらないんだろ? それじゃあいくらなんでも君と釣り合わないだろ」


 するとレティアはギロリと俺を睨むような鋭い視線を向け、


「釣り合うとか釣り合わないとか、そういう話じゃないの! こういうのは、お、お互いの気持ちが重要でしょ!?」


 噛みつきそうな勢いで捲し立てた。


「いやまあ、それはそうだけど……レティアは公爵令嬢だろ? さすがに相手にはそれなりの身分とか必要じゃないか?」


「そんなもの、アルゼの弟から取り上げればいいじゃない」


「いやお前、それはいくらなんでも無茶苦茶だろう……」


 1度追放された身の俺が、ルイから立場を取り戻すのは不可能に思えた。それに、現当主である父も許しはしないだろう。


「どこが? だってあなたは『不死の宵闇』を踏破したじゃない。それだけで十分よ」


「それは俺だけの実力じゃなくて、メルやアビがいてこそなんだけどな……」


 ちらりと俺はメルを見た。目が合うと、メルはにこりと可愛らしく微笑んだ。


「……ちょーっといいかしら? アルゼ、あなたこの子を奴隷として購入したのよね? なんでかしら?」


 レティアが若干頬を引くつかせている。


「あー、そのとき俺と誰もパーティーを組んでくれなくてさ……1人で続けるのはキツかったから、奴隷商で出会ったメルを引き取ることにしたんだよ。この子も似たような境遇で、なんだか俺に重なってな」


「アルゼ様……あのときアルゼ様に出会えたことで、メルの一生が救われました!」


「はは、大げさだよ」


 そんな俺とメルの様子を、レティアは目を細めて眺めていた。


 ――え、なんだ? なにか気に障ること言ったか?


「ふーん、そうなのね。じゃあ別に、だ、だだ――」


「だ?」


「だ、男女の、かか関係があるわけじゃ……ないのよね?」


 心臓が跳ね上がったような気がした。


 ――あ、これはマズい。


 直感的に、この返答のし方によってはこの後の展開が非常に危ういと俺は感じた。

 最初は質問に照れて俺の返答を待っていたレティアだったが、俺がすぐに答えないのに気づき、


「……ねぇ? なんで何も答えないのかしら?」


 口元は笑ってるのに、目はまったく笑っていなかった。


「え、いや……」


「私の質問そんなに難しかったかしら? 『はい』か『いいえ』で答えられると思うんですけど?」


 俺の頬を1滴の汗が流れ、ごくりと喉を鳴らした。


 ――あれ? 俺、殺される?


 俺は思わず助けを求めようと後ろを振り返るも、


「どうされましたか、アルゼ様?」


 メルはニコニコと微笑むだけだった。


「ねぇ、アルゼ……あなた、まさか奴隷の女の子に手を出してなんてないわよね?」


「い、いやそれは……」


「アルゼ、正直に――」


「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、うるさいのですよー」


 慌ててアビを見ると、一触即発の空気の中、悠々とエールをごくごくと飲んでいた。


「ちょっとあなた、私とアルゼは今大事な話を――」


「かー、ケツの穴の小さい雌ですねー。そんなんだから淫乱なメルに童貞を横取りされるのですよー?」


「おまっ!? 誰がどうて……」


「け……ケ、ツ……。ちょっと!」


「メ、メルは、いいい淫乱じゃないですよ!?」


 アビの言葉に俺を含め、3人とも動揺を露にした。


「はぁ、いいですかー? 強い雄には種欲しさに雌がたくさん寄ってくるのですよ? アルゼにはそれを受け入れるか拒否するかする『権利』があるのですよー。これが自然の摂理なのですよ?」


「そ、そんなの浮気し放題じゃないの!」


 アビのとんでも理論に噛みつくレティア。

 だが、そんなものを気にするアビなわけなく、


「『権利』はアルゼにあるのですよ? あなたを受け入れるかどうかもアルゼにあるのですよー。つまり、アルゼが望めばいくらでも雌を増やせるのですよー」


 アビの言う『権利』とは、どうやらハーレムのことのようだ。


「そ、そんなの認められないわよ!」


「認められないのなら、大人しく引き下がってその弟とやらと番になればいいのですよー。アルゼにはいずれアビも番にしてもらうので、1番目をメルに譲るとしても、2番目の座につけるのでアビにとっても都合がいいのですよ?」


「「え!?」」


 俺とメルが同時に声を発し、えっへんと胸を張るアビを見た。


「ふぬぬぬ……そんなのいいわけないでしょー! 1番目は私に決まってるでしょ!!」


 レティアの1番目宣言に、俺は内心「それってもうハーレムを認めてるのでは?」と思うのだった。

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