26.優先順位

「ほう、ここが『不死の宵闇』があるダンジョン都市のニューリアか。ダンジョンがあるだけあって、ファストリアよりも人が多いな」


 レオは行き交う人々を眺めて、ファストリアと比べた。


「そうね。あの無能を探さなきゃいけないんでしょ? この中から探すのは大変よ」


「無能探しもそうだが、俺たちは冒険者だ。しかもAランク目前のな。一時的にとはいえ《剣聖》が加わったんだ。だったら、ダンジョンに挑むべきじゃないか?」


 レイラとガストは、アルゼを探すよりも、まだクリアされていないダンジョンに挑みたい気持ちのほうが強かった。


「……そのダンジョンをクリアすることがAランクへの近道と?」


 ルイは3人に聞く。


「それは間違いないな。これまで誰も踏破したことのないダンジョンだ。我々が踏破できれば、確実にAランクとなれるだろう」


「なるほど……。わかりました、いいでしょう。ただし、その後は無能探しに尽力してもらいますよ」


 ルイは3人の気持ちの矛先を読み取り、まずは相手の希望を叶えることを優先した。


「ああ、もちろんだ。約束しよう」


「あなた、あの無能兄貴と違って話わかるわね!」


「ああ、さすが《剣聖》だな」


「いえ、俺もですからね」


 ――馬鹿どもめ。餌を与えねばどうせ貴様らはやる気を出さんだろうが。


 ルイは心の中で罵声を浴びせつつ、顔はにこやかに微笑んだのだった。



 ◆◇◆



「『不死の宵闇』に挑戦ですか?」


「ああ。まだ誰も踏破していなダンジョンを、この『勇猛な獅子』が必ず踏破してみせよう」


「え?」


「ん? どうした?」


 レオが冒険者ギルドでカードの更新をしながら情報を仕入れようとすると、受付の男が不思議そうな顔を浮かべた。


「ご存知ではないのですか?」


「だから何がだ?」


 レオは受付の男の対応に苛立ちを覚える。


「失礼しました。Bランクの方でしたのでてっきり知っているものかと……。ダンジョン『不死の宵闇』は、先日ある冒険者の方たちによって踏破されました」


「……は?」


 レオは一瞬男の言っている意味が理解できなかったが、


「どういうことだ! 『不死の宵闇』はこれまで踏破されたことないほどの難易度じゃなかったのか!?」


 すぐに我に返り、男に詰め寄った。


「仰る通り、これまでただの1度も踏破されておりませんでした。ですが、先ほど言ったようについ先日に攻略されたのです。たった2人の冒険者と1人のポーターによって」


「そ、そんな馬鹿な話があるか! たった2人で攻略などできるわけがないだろうが! ギルドの受付ならそれくらいわかるだろう!?」


 受付からもたらされた情報に、レオはさらに困惑して取り乱した。


「そうよ! アンタ……キリルだっけ? その2人に騙されてるんじゃないの?」


「確かに。そんな言い分を鵜呑みにするなど、ここのギルドはどうなっているんだ」


 レイラとガストも納得がいかず、キリルを責め立てた。

 しかし、そんな様子を見ていた1人の男が割って入った。


「おいおい、お前さんたちはその場にいなかったから信じられないかもしれないけどよ、俺は彼らがダンジョンをクリアして戻って来てるのを見てるんだぜ?」


「……君は誰だ?」


「俺か? 俺はトニーってもんだ。Cランク冒険者だぜ」


「ふん、Cランク冒険者風情が偉そうに。君の見間違えじゃないのか?」


 レオはトニーが自分より下のランクだとわかると、あからさまに見下すような態度を取った。


「そうよ。私たちはBランクなの。わかる?」


「ああ、その通りだ。お前のような低ランクより、俺たちのほうが正しいに決まっているだろう」


「なっ……お前ら性格悪いなぁ……」


 トニーは、せっかく親切心で教えたのにと、呆れた目でレオたちを見た。


「まぁ、待ってくださいよ。それじゃ話が進まなくなってしまいますよ。もしかしたら、物凄い冒険者かもしれませんよ? AランクやSランクのね」


 一向に話が進まないため、特に興味はなかったがルイも話に加わる。


「いえ、冒険者ランクはその時点でEランクとFランクのお2人でしたよ」


「……は? さすがに俺もそれだとレオさんと同じ意見ではありますが……まぁ、実力者が冒険者になったばかりという可能性も捨てきれませんね。いったい誰なんですか?」


「アルゼ様とメル様と申します」


 キリルが内心「ついこの間もこのやりとりがあったな」と考えていると、


「……なんだと? 今、誰と言った?」


 先ほどまでは物腰の柔らかかったルイが、感情の消えた目でキリルに聞き返した。


「アルゼ様とメル様で――」


「――そんなわけがあるかッ!!」


 ギルドの中にルイの怒声が響き渡る。

 冒険者たちは何事かと受付に注目するも、


「あの無能がダンジョンを踏破しただと!? ふざけるな!! そんなことあるはずが――あっていいわけがないだろうがッ!!!」


 ルイは周りに構わずキリルに吠えた。


「そう言われましても事実なわけですから……」


「ルイ、落ち着け。きっと何かの間違えだろう。おい、無能ともう1人……メルとかいったな。それは誰だ」


 興奮するルイに代わって、レオが質問する。


「……メル様はアルゼ様の奴隷であると聞いています」


「奴隷……ねぇ、レオ。そういえば私、ファストリアで無能が奴隷の女を購入したって聞いたかも」


「つまり、その女がとんでもない強さを持っているということかもしれんな。ふん、詐欺師らしいやり口だな」


 ガストは吐き捨てるようにアルゼを貶した。


「おいおい、さっきから聞いてりゃお前たちはなんなんだ? 彼は慕われてたようだし、そんな人を騙すような男には見えなかったぞ。なあ、お前ら!」


「おう! あの口の悪いアビにも懐かれてたし、悪い奴じゃねぇよ」


「それに俺たちにも優しかったしな!」


「ああ、おかげでいいもの見れたぜ!」


 トニーの呼び掛けに、冒険者たちの間からアゼルを擁護する声が上がる。

 ルイは苦虫を嚙み潰したような顔をして、


「こんな馬鹿どもと話していても気分が悪くなるだけでですよ。さっさとここを出て追いかけましょう」


「確かに、もう先に攻略されたダンジョンなぞ価値がないし、無能と同じ話の通じん低ランクばかりだ。さっさとこんな街を出るぞ!」


 もう用はないと街を出ることに決めた。

 冒険者たちは悪態をつく厄介者たちに向かって、


「2度とこの街に来るな!」


「お前たちのほうが無能だろうが!」


 と、罵声を浴びせた。


「ふざけやがって……! あの無能、絶対に許さんぞ!」


 レオの中の優先順位が、Aランク冒険者になることよりもアルゼを見つけ出すことが上になった瞬間だった。


「……殺してやる」


 ルイは誰にも聞こえない声で呟き、ニューリアを後にするのだった。

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