幕間 それぞれのその後

「くそっ、ふざけおって……!」


 ウェイス・グラントは怒りを隠そうともせず、屋敷の廊下をドスドスと歩いていた。

 通り過ぎるメイドたちはとばっちりを受けるのではないかと、ビクビクとしながら頭を下げた。


「ルイの何が気に入らんというのだ、まったく! あんな無能より《剣聖》のほうがいいに決まっとるだろうに……小娘か!」


 ウェイスには、レティアが断る意味がわからなかった。

 今はもうこの世にいない妻とは政略結婚であったため、愛などというものは信じておらず、スキルのほうがよっぽど大切だと考えていた。


「ルイ! いるか――」


 ドゴオオォォォォン――ッ!!


「ぬお!?」


 ウェイスが中庭に出ると、


「父上」


 剣を持ったルイの前には、大きなクレーターができていた。


「おお、ルイよ! 鍛錬を積んでおったのか?」


「ええ、まあ」


「うむ、こんな大穴をあけるなんて……さすが《剣聖》だな」


 ウェイスは満足そうに頷く。このルイがいれば、グラント家は安泰だと。


「しかし、レティアは兄上のほうがよかったようです……」


 ルイが俯く。

 ウェイスは息子を慰めようと、


「ル、ルイよ、女なぞ星の数ほどおるのだ。あんな小娘に拘らんでももっといい女を――」


「くく……ふふ、アハハハ――ッ!」


「ルイ……」


 失恋のショックでおかしくなってしまったと思い、ウェイスは青ざめた。


「――父上」


「おお、正気に戻ったか!」


「あぁ、俺は大丈夫ですよ。兄上無能に拘るあの馬鹿な女を笑っていただけです」


 ルイが手に持った剣を軽く振り下ろすと、


「――おぉっ!?」


 ブワッと土埃が舞った。


「俺は無能と違って、こんな強大なスキルがあるんです。公爵家に相応しいのは《剣聖》の俺に決まってます」


「……うむ、間違いない。お前よりあんな無能が選ばれるなど、本来あってはならぬことなのだ!」


「ええ。レティアは馬鹿な女ですが……見た目とあの身体は素晴らしいですからね。あれを失うのは少々もったいないです」


「ぐふふ、それは確かに言えてるな。であれば――」


「――始末しましょう」


 2人の目は次第に暗く濁っていく。


「うむ、無能を始末すれば諦めもつくだろう。元は公爵もこっち派だったしな。……まぁ、あのヘタレは裏切りおったがな」


 ウェイスは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。


「安心してください。いずれ俺があの家を支配したら、生き地獄を見せてやりますよ。それより父上、無能は冒険者をしてるんですよね?」


「ああ、そう報告があったな。ただ、そこでも無能っぷりを発揮して追放されたと聞いたな」


「ハッ! 本当にどこがいいのか……。父上、俺も少しの間、冒険者をしてもいいですか?」


「ほう……そうして見つけたら、上手いこと始末するということか?」


「ええ、そうです」


 ウェイスは「ふむ……」と考える。

 公爵家にはアルゼのことを探すよう言われていたので、申し訳も立つし、まだルイは当主になっていないので、今なら自由もきく。

 ウェイスは「よし」と頷き、


「いいだろう、家のことは任せておけ。お前はあの無能を始末してくるのだ――!」


「はい、父上……!」


 ルイにアルゼの抹殺を命じるのだった。



 ◆◇◆



「お父様、私、冒険者になります!」


「……は?」


 食事の前、レティアはジェントに宣言した。


「お、おい、いったい何を言い出すんだ。冒険者だなんてそんな危険なもの……それに学院だってあるだろう?」


「もちろん学院に行きながらです。遠方の地に行くときは休むかもしれないですけど……それに《賢者》の私なら、冒険者として十分やれるってお母様が言ってましたもん!」


「レ、レイシア、いったいどういうことなんだ?」


 公爵令嬢である娘がいきなり冒険者になるなどと言い出し、ジェントは救いを求めるように妻を見た。


「あら、アルゼくんはまだ見つからないんでしょ? レティアはもう待てなくて、愛しの旦那様を探しに行きたいのよ」


「お、お母様! だ、旦那様だなんて……まだ……」


 レティアは顔を真っ赤にして俯く。

 ジェントは娘のそんな様子に、そこまで思っていたのかと、改めて自分の犯した愚かさを知った。


「いや、しかしだな、アルゼくんはグラント家が探してくれているだろう? なにもレティアが冒険者にまでなって探さなくても――」


「全然見つからないじゃないですか! あの家はきっと本気で探す気がないに決まってます。だったら私が行くしかありません!」


 レティアの強い意志が籠った瞳を向けられ、ジェントはこれ以上の説得が難しいと悟る。


「あなた、心配しなくても大丈夫よ。レティアには侍女の『シンシア』を付けますし、それになんたってレティアは《賢者》を持ってるんですもの! そこらの男よりもよっぽど強いわ」


 シンシアとはレティアの幼少期からの付き合いでアルゼとの面識もあり、彼女の母もまたレイシアの侍女をしているので公爵家とはなにかと縁が深い。


 家事全般だけでなく、一般スキルではあるが《短剣士》という武芸に秀でたものを持っているので、護衛としてもうってつけだった。


「はぁ……わかったよ。愛に盲目な娘を説得するのは難しそうだからな」


「も、盲目なんかじゃありません! ただちょっと……アルゼに早く会いたいだけです……」


 もじもじといじらしくする娘に「これが愛に盲目でなければなんなのだ?」とジェントは思いつつ、


「わかったわかった。これ以上は料理が冷めてしまう。家にいる間は父と楽しい夕食の時間を過ごしておくれ」


 娘の成長を嬉しく思う半面、同時に寂しさを感じるのだった。


―――――――――――――――――――――――

【あとがき】

お読みいただきありがとうございます。

これにて2章完結です。


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