11.2日目の夜

「んで? ちゃんと説明してくれるんだろうな、ミケ」


 俺とメルの前には、正座の姿勢でしょんぼりした様子のミケと、隣には白い毛の獣人の男の子が立っていた。


「ごめんなさい! お姉ちゃんは僕を助けるために嘘をついちゃったんです! どうか許してください!!」


 弟のシロは必死に姉を守ろうと、頭が膝につきそうなほど曲げて俺に頭を下げた。


「はぁ……まぁ、なんとなくは今までの話からわかってるけどさ、一応しっかりと教えてくれ。別にお前たちを殺そうだなんてあいつらみたいなことは考えてないからさ」


「わ、わかったニャ。あ、でもちょっと待ってほしいニャ。シロ、他の子たちはどうなったニャ?」


「え、まだ他にもいるのか?」


「はい、僕の他にも何人か子供が捕まってます。でも、みんなは檻に閉じ込められてるだけなので、大丈夫だと思います。僕1人だけ見張りの山賊に連れてこられたので……」


「他にはもう山賊はいないのか?」


「はい、これで全部だと思います」


 俺はほっと一安心する。

 これ以上、山賊の相手をするのは遠慮したいとこだし、人質の子供に死なれてしまうのもたまらないものがある。


「そうか。もう安全とはいえ、子供たちも早く家に帰りたいだろう。まずはそこへ案内してくれ」


 俺たちはシロの案内で子供たちのもとへ向かった。



 ◆◇◆



「……どういう状況、これ?」


 今、俺とメル村の広場におり、目の前には正座の姿勢で座ってるやつが何人もいた。

 村長を先頭に、ミケやシロ、宿屋の女将や村に入るときにいた門番やら何十人もいた。


「村長のセルロと申します。アルゼ様、そしてメル様……この度は本当に申し訳ございませんでした」


 その場にいた全員が揃って頭を下げた。


「えーと、とりあえずそろそろ説明してもらえます?」


 俺は頭を下げたままの村長のセルロに、これまでのいきさつを聞くことにした。


「はい。……実は数日前、奴ら山賊が突然この村を襲ったのです。幸い命を落とすものはおりませんでしたが、奴らは悪魔のような提案をしてきたのです」


「悪魔のような提案?」


「はい。奴らは村の子供を人質に取り、『この村を訪れた旅人を騙して連れてこい。そうしたら子供を1人解放してやる』と……」


 クズだクズだと思ってはいたが、よくそんな酷いことを考えられるもんだ。


「でも、それでアルゼ様を騙していいわけではありません」


 メルが厳しい顔つきで淡々と指摘する。

 確かに彼女の言う通り、それで俺たちは危険な目にあってるのだから、許されることではない。


「仰る通りです。アルゼ様とメル様の命を危険に晒したわけですから、とても許されることではありません。ただ、子供を奪われた者たちに選択の余地はなく、山賊どもの言うことを聞くほかなかったということも事実です。ですから――どうか処罰を受けるのは私1人でお願いいたします! アルゼ様、メル様!」


「村長!」


 セルロは地面に埋まるんじゃないかと思う勢いで頭を下げた。

 正直、俺としては処罰とか考えてない。

 確かに危険な目に遭って、メルに嫌な思いをさせることになったのは許せないが……今回のことでもかなりすごいことになっている。

 感謝するわけではもちろんないが、事情も事情だし、それほど責め立てる気にはならなかった。


「アルゼ様……」


 俺が黙って考えてたから心配になったのか、メルが不安そうな顔で俺を呼んだ。

 さっきああ言ってたのは俺を本当に思ってくれてるんだろうけど、彼女も彼らのやむにやまない事情は理解してるのだろう。

 ということは、どこかでってのを作らないといけないな。


「ああ、大丈夫だよ、メル」


 俺はメルに優しく微笑み、


「とりあえずの事情はわかりました。まぁ俺は別に恨んでるわけでもないし、とっつかまえて街の衛兵に突き出すつもりもないです」


 俺の言葉にわっと歓びの声が上がりかけるが、


「――とはいえ、このままお咎めなしってのもちょっと違う気がする」


 村人たちの間に緊張が走るのがこちらにまで伝わってくる。

 きっと、前世でいう裁判の判決を受ける気分なんだろうな、と俺は思った。


「――ということで、今日もう1泊タダで止めてください。もちろん食事込みで」


 俺の提案に、「え、そんなことでいいんですか?」と目を白黒させてセルロは聞いてきた。


「ええ。メル、いいか?」


「はい、アルゼ様! もちろんです!」


「――ととっ」


 メルは俺の提案に、嬉しそうな笑顔で俺に抱きついてきたのだった。



 ◆◇◆



「英雄のアルゼ様に――カンパーイ!!」


「「「カンパーイ!!!」」」


 宿の1階では村人も大勢集まり、大宴会が行われていた。

 これでもかというほど料理が並べられ、酒を片手に盛り上がっていた。


「メルは酒を飲めるか?」


「いえ、私はお酒はちょっと……」


 俺もあまり強いほうではないが、嗜む程度には飲むことはできる。

 メルは果実を絞った飲み物にし、俺は村人と同じエールを飲むことにした。

 さすがに今日という日のために相当奮発してご馳走を作ったみたいで、俺とメルは数々の料理に舌鼓を打っていた。


「2人とも飲んでるかニャ!?」


 いい感じに酒に酔ったミケが、片手にエール、片手に串焼きというスタイルで俺とメルの間に入ってきた。


「俺は飲んでるけど、メルは酒に弱いみたいでな。まぁ料理も美味いし、酒ばっかりじゃなくても十分楽しめるさ」


「そんなの不健康ニャ! 酒は飲めるときに飲まないと取り返しがつかないニャ!」


 そう言って、ミケはメルの口に強引にエールを流し込んだ。


「お、おい!」


「あうぅ~……?」


 ミケの持つジョッキの中はそんなに減ってないように見えるが、酒に弱いメルには十分だったようだ。


「まったく、メルニャンはだらしないニャ~」


「あぅ~」と頭をぐわんぐわんと回すメルを横目にミケは、


「アルゼ様は英雄ニャ! ミケは英雄の子が欲しいニャア……メルニャンだけじゃなくて、ミケも可愛がってほしいニャ……」


 俺にしなだれかかったミケは、耳元でなんとも色っぽい声で誘惑してきた。

 これまでと違う印象に、思わず俺は面食らってしまう。


「もちろんメルニャンが1番で、ミケは2番目でいいニャ……?」


 俺の胸に指を置いて滑らせ、上目遣いで瞳をうるうるさせるミケ。


 ――そういえばスタイルもかなり……っていかんいかん!


 思わず唾を飲み込んでしまったが、俺はすんでのところでミケを抱きしめそうになるのを耐えた。


「――アルゼ様?」


「ぁ――」


 気づけば、さっきまで酔っぱらっていたメルはもうすっかりよくなったようで、笑顔で俺たちの様子を見ていた。

 ただし、目は笑っていないが……。


「どうかしましたか、アルゼ様? そんな怖いものを見るような目でメルを見て。メルは少し酔ってしまいました。アルゼ様もなんだか苦しそうですし、お部屋で一休みしましょう。いいですよね、アルゼ様?」


 俺はメルに言われるがまま部屋へ連れていかれ、その後の展開は言うまでもないが、結局寝ることができたのは日が昇り始めた頃だった。

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