第19話 必至な機運

「ねぇ、クーシー。人に傷付いて

欲しくないと思う私は間違ってる?」



クーシー「何も間違いじゃない、前にも

言ったじゃないか…君はしたくない事を

しなくて良いと…。」



「けれど…それでは貴女が…」



クーシー「私は君とアグルの間に立つ存在」


「君達は辛と幸、どちらか片方を与えれば

良い。」



「私…貴女にも、傷付いて欲しく無い」



クーシー「ふふっ…アグルは嫌うが

これがだからね。」


「私は公平に人を混乱と安寧に導くさ。」



「クーシー…。」



クーシー「おや…あの少年…、困っている

女性を助けようとしているね」



「でも…話しかける勇気が…

彼に勇気を与えましょう!」



クーシー「いや…彼には罪悪感を与える。」



「クーシー!」



クーシー「ゴメンよ…プシユ…」



プシユ「謝るなら罪悪感なんて与えないで」



クーシー「今だけでは意味が無い…

これもまた彼の優しさを育む。」



プシユ「ねぇ!彼女…困ってる」



クーシー「彼女は私達で助け…早いね…

もう行ってしまった…」



プシユ「大丈夫ですか?」



女性「あぁすみません…足を挫いて

しまって…買った果物が…」



クーシー「プシユ…私が治癒を、君は

落ちた物を拾ってくれるかな?」



プシユ「う、うん」


「あっ…」


物陰から少年が覗いている…。



「はいコレ…」



クーシー「助かるよ…こちらも

治療終わったよ」



女性「助かりました、ありがとうございます」



プシユ「いいえ、気をつけて帰って下さい」


「………。」


「クーシー…あの子やっぱり…」


クーシー「彼は今日の事を後悔する…、

その後悔が人を救うか、劣等感を

生み続けるか…」



プシユ「私はやっぱり…嫌だな…

私も苦しくなる」



クーシー「君はそれでいい…それが悲しい

事だと理解していれば」



プシユ「それはクーシー…貴女もでしょ?

苦しい事を望んでする必要は…」



クーシー「駄目だ…誰かがしなくては…」


「私達は怒りも、憎しみも、恨みも与える…

いずれ人は私達の意思を拒むだろう…」



プシユ「そうね…望んで欲しい感情じゃ無い」



クーシー「そうなれば、やがて奪い、失い、

傷つく選択を人は取る。

妖精の私達がいる限り、その矛先が

同じ人間に向くことは無いだろう」



「苦しくても…いや、苦しみを感じずに

この役目をしているなら…

その私は終わってる」



一人一人の感情に向き合えないのであれば

感情を与える者の



プシユ「やっぱりクーシーは凄いわ。

どの感情も尊ぶ事ができるなんて…」



クーシー「アグルには中途半端と怒られて

しまったけどね」



プシユ「でもアグル、貴女がいるから

気にせずにいられるって言ってたわ」



クーシー「彼女は凄いね…失う事を良し

とし…ただ前に進む事だけを許す」



プシユ「私には真似出来ないわ」



クーシー「私もさ、痛みもまた立ち上がる

教訓と…彼女に教えられた……」



彼女アグルが作り、私が示し、

君が支えを生む…そして人は路を進んで行く」



プシユ「私が支えを…」



クーシー「プシユ。人の幸せを愛しなさい」


「君は今までも、これからも、

素敵で優しい妖精…プシユだ」


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プシユと少年の元に駆け寄り、

怪我の様子を見る。

深い傷では無く、転んで擦りむいた程度…、


「治癒魔術って使える?」


プシユ「分からないです、ごめんなさい」


仕方ない。変わりに対処してくれる親切な人を

探すか…。

その前に消毒か、せめて水で洗い流すくらいは

したいが…?!



ぽたぽたと滴が地面に垂れていく。

その滴は…手の平から…、

自分の両手を見ると発汗した汗のように

水が手の皮膚から滴り落ちる。


拓海「汗…?にしては出過ぎだよなぁ…

(多汗症とも違う気がする…)」


両手を合わせ水が落ちぬよう、

器の形を作る。


原因は分からないが…コレが水の魔術なら…

今さっき想像した《汗をかくイメージ》。


身体に力を込め、じんわりと体内を

温める。

これはあくまでイメージ…水を出すための要領

であって出すのは純粋な水。


気づけば手の平いっぱいに水は溜まり、

今もまだ増え続けている。

(とりあえずコレで…)


拓海「僕、ちょっと冷たいよ」


そう言って、少年の擦り傷に水をそっと

掛ける。


「自分で歩ける?」



少年「うん、平気」


拓海「お家に着いたら塞いでもらうんだよ?」


少年「分かった。ありがとう」



拓海「どういたしまして」



少年「お姉ちゃんもありがとう。」



プシユ「いいえ、気をつけて帰るんだよ」



少年「うん、じゃあね〜〜!」




プシユ「お兄さん、お水を出せるのね」



拓海「うーん…」


どうしていきなり魔術を…。

魂の在り方とは別に、星使者としての力が

目覚めた?


いや魔術だけなら普通の人も扱えるよな…。

となると魔管まっかん…?

人と夢人とで、曖昧だった肉体情報が

明確になった…。


この世界用に修正されて魔術が使えるって

感じか…。



プシユ「あの、もしこういう事があると私、

見過ごせなくて…」



拓海「いいよ、俺も寝覚めが悪くなるし」


「ただ、早めに行かないと

それはそれで寝覚めが悪くなるかも」



プシユ「ええ、行きましょう」


濡れた手をズボンで拭い、

プシユと共に駆け出した。


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シオン・アース、星ノ記録体。

彼女は正確で精密で在ることを

求められている。

俺やユウカは異例だが、本来

特定の場所に転移させる なんて、本人も

含めて容易にできる存在だ。


リーシ区には最低でもシオンが転移

してるはず。

彼女だけが転移をした場合、

人や物、細かな原子に至るまで、広範囲の

情報を読み取り、自分達の元に

もう一度転移し辿り着ける。


けれどこれまで、一度もその姿が

見えないとなると…

シオンはアグルに石化された。


「それと、アグルを止めるなら私は無力だから」


シオンの言葉を思い出す…、

彼女は星使者の中でも特殊な立ち位置にいる。


三妖精との力の上下関係は分からないが、

予備動作無しの輪廻界変チェンジリング

思い出し、抵抗する間もなく

決着がついた可能性があると予想した。


プシユ「お兄さん…はぁ、どのくらい…

で着くんですか?」



「分かんない…街並みを見れば

直ぐに分かるけど…」


プシユは息を切らして進むスピードが

落ちている…見るからに辛そうだ。


シオンは何て言ってたっけ…、

キサツキ区から南に12…15キロ?とにかく

正反対のココからだとそれより距離は

ありそうだな。



単純に距離が長い…

焦って急いでも、被害は出る。

歩けばそれより被害が出る可能性があるが、

正直…、誤差と言えてしまう

くらいの被害…。


俺も今の鈍った身体じゃ体力は無い…。

あと数キロも走ればバテる。


犠牲が出る事を

割り切り、歩いて目指すしか…、




(いや待てよ…もしかして…)

咄嗟に頭をよぎった一つの考え…。


さっきの水魔術…、手の平の皮膚から水が…、

もし汗をかくのと同じ要領で

水を出せるなら…他の部位からでも

水を出せる。


(なら足裏に水を出して、地面を濡らせば…)



摩擦があって、ローラースケート

程で無いにせよ滑りながら移動が出来る。


水の量が増えれば、

その分滑って行けるよな…。


思いつきで上手くいくか分からないが

やってみよう。


プシユ「へ?ちょっ…?お兄さん!?」


拓海「ごめん、急ぐから」


有無を言わさず少女を抱きかかえ、

足裏に意識を集中する。


直ぐに変化は出て、靴は水でずぶ濡れになり、

数歩足を前に出す度、

びちゃびちゃと音を鳴らす。


(これだけ濡れていれば…)


ただ砂利道と違って整備された道…

速度を上げたいなら垂れ流している水を

圧縮して噴射……フライボードくらい

勢いの良い水量がいるが……


(ここにいる人達に、水はけの仕事を

押し付ける事になる…どころじゃない…な)


充分に身体が浮く…されど被害を最小限抑える

水量に調節……けれどそれで二人の

身体を上手く滑らせられるか?


(彼女を置いて、一人で行けば救える命はある)



多くを救うのを目的とするなら、それが正解

だが、俺が目指すのは…。


少女の優しき思いに応えるのも、

俺の知る英雄の在り方のように思う。


どちらを選んでも正解だが…どちらを選んでも

後悔する……



プシユ「あの///急いでるんじゃ…///

人肌……恋しいんですか…?」


成功する前提で、説明もなく抱きかかえた為

誤解を招いている。


「人肌が恋しいの?」


「ユウカ…?」


ユウカ「主は節操がない?」


拓海「ユウカ、誤解」


「驚いた…器の要望通りに跳んでみれば、

顔見知り同士がそんな仲に…」


拓海「ユウカ…クーシーと一緒にいたんだ」



ユウカ「近くにいたから利用した。」



クーシー「私を見つけた彼女が、

親しき友(アグル)を止めに君と合流したいと

言ってね…」



拓海「クーシー…、この子の名前は

プシユで合ってるか?」



クーシー「あぁ…彼女はプシユ、私の旧友だ」



プシユ「プシユ…、私の…名前…?」



クーシー「あぁ…君もなんだね…」



プシユ「クーシー…さん?…は

私を知ってるんですね」



クーシー「……、夢人よ…」


「どうか彼女とアグルを…、

私の友を救って欲しい」



拓海「当選。」



ユウカ「転移、お願い」



クーシー「任せてくれ」


この巡り合わせは必然だ。

生命は望んで運命に進んで行く…

それはまるで出来レースかのように…。


記憶、感情、意思…全ては自分のもの…、

けれど運命が示す筋書き通り、出会いも

心も、…奇跡さえ

知らぬまま…或いは知りながら

木に流れる赤い線に沿って…

枝分かれの道を真っ直ぐに進んで行く。


私の赤は、運命の糸…

あなたの赤は、流れる血…、

枝の先、決められたゴールの先で生命は

何を思うだろう…。


あぁ人も星も、なんて…都合が良いのだろう。


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