第10話 教育の痛み

5歳の息子が家を出た。

私の叱り方がいけなかったから…。


息子がお隣のお子さんを叩いて

間抜けと罵ったそうだ。

お隣の奥さんには何度も頭を下げた。


直ぐに訳を聞いた、

最初は息子を諭すため目を見て何がいけ

なかったか説明したつもりだった。

息子の意見も聞いて、気持ちに寄り添おうと

気を使っていた。


けれど私は彼に手を出した。

なぜ言葉ではなく、痛みを与えたのか、

なぜあの時言葉が伝わりきらなかったのか…

私の語彙が足りないから…?息子の理解力が

足りないから…?

「分からない」



自分がされて嫌なことはしてはいけない…と、

けれど息子が「俺はたれた事ないから

知らないよ」と言い、

「打たれるやつの方が悪いんだ」と

反省の色を見せなかった……、いえ

何を反省するのかも理解していなかった。



手を出してしまった理由は

「焦っていたから」。


私も夫もまだ30代…、平均寿命の5分の1にも

満たない歳で息子を育ててる。


お隣や近所の奥さんには、

微笑ましく思われる反面…若い2人じゃ

教養が足りないのではと

要らぬ世話…または悪口を言われているし…


実際…そうならないよう、家庭教師を

雇いたいけれど…夫には5年前から

討伐依頼などを控えさせてる分、そんなお金は

沸いてこない。


3歳頃から家庭教師を依頼する家もある、

という事実もより

私の焦燥感を掻き立てた。



「打たれる奴が悪い…」

このままこの子は人の心を理解せず、

簡単に人を傷付け、心無い発言を当たり前に

してしまうのではと不安になった。


だから

(これも教訓の一つ)と

まるで自分に言い聞かせるように、

傷付けることを許容してしまった。



結果は息子の家出、驚いた目をしながら

頬を抑え一目散に外へ飛び出していった。


クソババアとでも

言われ嫌われるくらいで済むと

思っていたけれど、以外な反応に私も困惑し

追うのに出遅れてしまった。


急いで後を追ったけれど、子供しか通れない

ような細い脇道に行かれてしまい

直ぐに見失ってしまった。



すっかりパニックになってしまった私は、

助けも求めずただひたすらに街を

駆け回っていた。

「息子が居なくなった、息子が居なくなった

息子が居なくなった!」

そう口にして走り回る私を見て、夫の知り合い

の冒険者がギルドに依頼を出したらしい、

そんな事を耳にしたのは

私を見つけ出した夫の口からだった。



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捜索届けが出てから2時間が経過した。

私をなだめるように家へと送ってくれた夫は

しばらくして、

仲間へのお礼と、息子を探しに外へと

出かけて行った。


私は放心状態で、頭の中はぐるぐると

言い訳じみた言葉とそれを

責める言葉がいくつも巡っていた。


(探しに行かなきゃ…、闇雲に探したって

見つからないじゃない…でもさっきは

バカみたいに走り回ってた。)


(本当は息子に会うのが気まづいだけ…

それに気づいてるなら直ぐにでも探して…

探すってどこに?)



そんな堂々巡りが続く中、どこかで子供の

声が聞こえてくる。


キサツキの小さな湖ぐーるぐる、

楽しい記憶がぐーるぐる、手を繋ごう…

皆んな仲良くぐーるぐる、おかーさん…

ぼくとふたりでぐーるぐる。



歌をうたう子供達の声が聞こえる。

まるで頭の中に流れるような鮮明な声で…。

キサツキの湖…知恵水場チエミズバ

ことね…。


ぐーるぐる、ぐーるぐる。

輪っかを作ってぐーるぐる。

おとーさん、おかーさん。見てみて、みーて

みて、居なくなった僕を見て…、


「っ!」

気が付けば私の足は王都の北側へと走り出していた。

誘拐事件の噂は当然しっている。

もし誘拐犯に途中で拐われでもしたら…、

そんな不安があったから

息子が居なくなってからも、いなくなったから

こそより一層焦りが増したのだ。



こんな事をするのは妖精以外に考えられない。

もし行けば何をされるか分かったものじゃない

けど、

自分の身よりも我が子の身が大事だ。


私は息子が嫌いで頬を叩いた訳では無い。

手を出してしまった事には違いない、

けれど、それは愛しているから…、

彼を思ってこその物だった。


一度の間違いで彼の親で無くなりたく無いし、

責任をもって最後まで育てなければならない。

心配し助けに行くのは当然、

だって私は「あの子の母親」なんだから。



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シオン「事件を起こした妖精についてだけど」


タクミ「んーやっぱ妖精なのか…」



シオン「こういうのは大半ね…」

「妖精の名前はクーシー。」


「ユウカが消えたのはクーシーが持つ

能力チェンジリング。」


タクミ「ほう」


シオン「クーシーが持つ魂は「入れ替え」、

その役目を可能にする力、チェンジリングは

物体、立場、記憶…あらゆる事象を入れ替える」



タクミ「その力と子供を攫う関係性は?」


シオン「無い」


タクミ「無いのか…」


シオン「知恵を授ける妖精…と呼ばれる

くらい、クーシーは賢く、また人に害を

なす事は今まで無かったのだけど…、」



タクミ「言って聞くしかないか」



クロネに聞けば早いが、彼女を起こすのは

申し訳ない。

食事、睡眠、入浴、人が落ち着ける瞬間

というのはどれだけ親しい間柄でも

決して邪魔をして良いものではない。

それに理由わけを聞くなら

やはり張本人から聞くべきだろう。



タクミ「シオン」


シオン「なに?」



タクミ「思ったんだけど、記録を司るのが

シオンの役割であって、記憶に付随する「感情」

について、疎いのは分かる…」


「ただ誰よりも記録を持ってるなら、

そこからある程度ど因果性を見つけて

未来予想ができる……少なくとも

行動パターンや思考を読むくらいはやれると

思うんだけど…、」



シオン「もしかして私、そこまで気の回らない

やつだと思われてる?」



タクミ「いやぁ…」



シオン「しないのは、「意味が無い」からよ」



タクミ「意味が?」



シオン「記録というのは常に正確で正しい物、

けれど「記録する者」が正確でなければ

記録は意味をなさなくなる」



タクミ「うん」



シオン「例えば林檎を食べた、という記録が

あったとして…その結果に至る過程に

別の過去の記録がある訳でしょ?」


タクミ「食べる人は空腹だった…とか、

木から育って林檎になった…とか。」



シオン「そう。「どうして林檎を食べようと

思ったか」も近くにあった、ビタミンやカリウムが足りてない、前に食べた物を思い出した、

とか…「今を作る要因となる記録」が

あってこその物。」



タクミ「意味が無いのは…それが妖精には無い

からってこと?」



問いかけに頷くシオン。


シオン「話したでしょ、星使者に親はいないって。生まれながら既に完成している。

培った経験、教訓なんて物は無い、だから

理由が無い。

理由となる「過去がない」妖精なんて

支離滅裂の体現よ。」



おまけに星使者は死なない。異例な俺や

シオン・クロネと違って、妖精はおそらく

三大欲求が自分の生に直結しない。

だからあらゆる出会いに「特別」が無く、

平等に、違う目線で、人に感情を与える。



タクミ「でも「これから」があるんだったら

一つ一つに理由や意味を見つけ

られるんじゃない?」


シオン「そうね、その「これから」の為に

「これまで」の被害に目をつぶれるなら…

だけど」



タクミ「人様に被害が出てるからな…、」

(このナイフを握らなきゃいけなくなる

かもしれない)


先程クロネに貰ったベルトに巻かれた

ナイフに目線をやる。


シオン「殺しは無い方が良いけどね」



タクミ「ね、」


「ま、シオンさんが上手くやってくれるよね、

万能の記録体であらせられるあのシオンさんが」



シオン「調子のいいこと言って…、まぁ

名誉挽回、今度こそ任せなさい」


と、意気揚々と言い放ったシオンさん。

キサツキへ着く頃にはすっかり日もくれ

なんと活動限界に…。

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シオン「ごめん…な…さい、最低限の睡眠時間

だったから…今すっごく…」



タクミ「間が悪すぎじゃありません?」



シオン「あー…また…、肝心な所で…眠い

から力になれません…なんて、」



タクミ「仕方ない、クロネと

一緒に頑張るからね。おやすみ万能さん」


シオン「あー恥ー!恥ずかしい…やめて…

もう私を万能って言わないで…」



タクミ「おやすみー、あ恥ちゃーん」



あ恥「あ…はじ…ヤメロ〜…ッ……」


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クロネ「ふふっふふっ、あ恥…ちゃん、ふふっ」


妹に笑われるあ恥ちゃん、

事務的で生真面目な、あ恥ちゃんは

どこへ行ったんだろう。


タクミ「記録する者が云々って、あれ自虐ネタ

だったんだなー」


クロネ「私達…星使者ふふっなのに…

あははははっ!!」


クロネがこんなに笑ってる。新しい一面を

見れたな…、あ恥ちゃん、妹を笑わせられる

姉としては立派だ。



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ぐーるぐる、ぐーるぐる。


知恵水場へ近づいてきた。

幻聴のように聞こえる子供達の不思議な歌声、

湖に近づく度に霧は濃くなり

現実か夢かも分からないような曖昧な境界に

立たされてる気分。


ぐーるぐる、ぐーるぐる、

夢と現実ぐーるぐる。

2つの世界がぐーるぐる。


湖の中心に人が入れそうな空洞がある、

私は水に半身を浸し、かき分けるように

湖を泳いでいく。


ぐーるぐる、ぐーるぐる、

大人と子供、ぐーるぐる。

何が違う?何処が一緒?

ぐーるぐる、ぐーるぐる。


いい加減、頭がおかしくなってしまう。

「息子は…どこ、息子は…」



「母さん…」


「おか〜さ〜ん、待ってたよ〜〜」


空洞の中を進むと息子と、沢山の手を繋ぐ

子供達、そして息子の隣り、

見た目こそ息子くらいの、歳の子供の姿をしているが(妖精…)「息子を返してください」



クーシー「素敵だよー、お母さん。」

「相手は誘拐犯、しかも妖精…、そうだよね

何するか分からない。誠意を持って接する…

素敵なお母さんだ。」


「息子を…返してください」


クーシー「勿論、ここまで良くきたよ…

お母さんの愛は本物だ」


「母さん!」


妖精はそう言うと、息子の手を離し

私は息子へと全力で駆け寄った。


「母さん…、」


「無事で…よかった…」



「ごめん…母さん…おれ、打たれて…

混乱して…」



「いいの…私が悪かったから…、もっと言葉で

寄り添うべきだった……」



「違う、悪いのは…おれなんだ…、優しくて

怒らない母さんに甘えてた…母さん…

お母さん…ごめんなさい…。」



クーシー「素敵だよ、お母さんの優しさに

気づけるようになったんだ、素敵だよ」


「ごめんね、お母さん。不安な気持ちに

させてしまって…」


男の子の母親は一瞬、その妖精を睨みつけるが


母親「息子を怪我なく返してくれたので…

許し…ます」



クーシー「そっか、助かるよ、でもまだ終わってないんだ…その子…「理解されない不安」は

まだ知らないよ?」


「だから…おか〜さん?」


妖精の目が開く…、



ぐーるぐる、ぐーるぐる

怪しく光る目が他のものを見えなくさせる、


ぐーるぐる、ぐーるぐる

怪しく光る目が大事なものを見えなくさせる、



記憶が…抜け落ちるように…、

ぐーるぐる、



輪廻界変チェンジリング、その立場は入れ替わる。」




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