第27話 男としての戦い
寝室は、最低限の家具と大きなベッドが一台だけとシンプルな様相。
薄暗い室内。
僕たちは無言で服を脱いでベッドにあがり、先ほどまでの騒がしさが嘘のような静寂を味わっていた。
欲を孕んだ視線。
熱っぽい息遣い。
唾を飲む音。
艶かしく輝く、アトリアのむっちりとした太もも。ミモザの黒い髪は肌に張り付き、メルガはだらだらと浮かぶ汗をシーツに落とす。顔を真っ赤にして腕で身体を隠すミラは、僕と手元を交互に見ながら唇を噛む。
……まずい。
こういう時、どうすればいいのかわからない。
今日僕は、彼女たちの大切な初めてを貰う。
これまでのように、ただ流されていてはダメだろう。
「えっと……じゃあ、ミラ。キスしてもいい?」
「っ!? な、何でアタシから!?」
「そういうのには段階があるって、さっき言ってたし。手は繋いだから、次はキスかなって」
「確かに言った、けど……! 待って、ちょっと待って! アタシ……く、口臭いかもだし! ていうか、さっき魔物食べたからまず歯磨きを――」
「――ミラ」
後ろへ仰け反るミラの手を掴み、軽く引き寄せた。
今にも爆発しそうなほどに赤面して、僕を見つめて。
身体をすぼめて、両の瞳を涙で濡らす。
「これは僕のための、みんなの命のための、世界の安寧のための修行だってわかってるけど……僕も一応、男の子だからさ。正直もう、色々と我慢の限界なんだ」
「レグルス……力、強い……っ」
「君が欲しい。隠さずに見せて。僕に全部、頂戴」
引っ張って、抱き寄せて、後頭部に手を回して。
そっと、唇を重ねた。
身体の震えは少しずつ治まり、強張っていた肩から力が抜ける。
顔を離すと彼女は薄目を開けて僕を見つめ、感極まったように僕の首に腕を回してもう一度体温を確かめ合う。向こうの余裕がなさ過ぎて歯が当たり、少し痛くて、何だか嬉しい。
「――……ぷはっ、はぁ……ふぅ……れ、レグルス……」
「ん?」
「……好きっ」
「うん、僕も好きだよ」
いつもはキツイ雰囲気を帯びた双眸が、すっかりと脱力してあどけなさを咲かせていた。
頭を撫でればニヨニヨと唇を緩ませ、気持ちよさそうにまぶたを下ろす。
「あたしも好きぃいいいい!!」
「ちょっ!? うわぁああああ!!」
凄まじい勢いで僕を押し倒したアトリア。
ニタァとした粘度の高い笑みを浮かべ、満月のような瞳をギラつかせて、いつものように僕の唇を捕食する。
「んっ……ふ、ぅう♡ すき……んぅ、すきっ♡ レグルス君、大好き……♡!」
「僕も好きだよ、アトリア。小さい頃からずっと一緒にいてくれて、本当にありがとう。これからも、僕のそばにずっといてね」
指の間で金の髪をすきながら、そっと微笑みかけた。
アトリアは頬を焼き、二ッと白い歯を覗かせて。
当然だと言うように、再び僕の唇を貪った。大胆に、何の遠慮もなく。
「……あたしのこと、欲しい?」
僕の手を取って、自身の胸に押し付けた。
相変わらずの圧倒的なボリューム。燃えそうなほどの熱。遠慮なく指に力を込めて、今度は僕からキスをする。
「うん、欲しい。――僕以外には、誰にも渡したくない」
「……へ、へへ♡ うへへーっ♡」
甘く交わって、求め合って。
ふと視線に気づき、行為を中断する。
「坊ちゃま、次は私です」
アトリアをぐっと押しのけて、ミモザが僕に覆いかぶさった。
胸板をなぞる乳房。
漆黒の髪がサラサラと垂れてきて、僕の頬を撫でる。そのむず痒さに悶える暇もなく、粘膜同士が重なり水音を鳴らす。
「……ん、ふぅ……坊ちゃま、一つ、よろしいでしょうか……?」
「どうしたの?」
「私は、その……今更ですが、少々特殊な趣味を持っています。坊ちゃまからブタやイヌの如く扱われたいと……そう思っています」
「……うん、知ってるよ」
「しかし、優しい坊ちゃまに加虐的な行為を強要するのは心苦しく……それでも、今日だけは、初めての今日だけは、その……!」
ミモザの性癖は知っていた。
知った上で、極力見ないようにしてきた。
だってそれは、今の僕には荷が重いから。
とてもじゃないが、応え切れないから。
――だが。
男性と女性では、初めての価値が大きく違う。
それを貰う今日という日くらいは、僕も自身の限界に挑戦すべきだろう。
「ミモザ――」
と、ミモザを押しのけて身体を起こした。
彼女は後ろへ尻もちを着いて、いつもの無表情のまま両の青い瞳を震わせる。
「――僕の許可もなく、何でひとの言葉を喋ってるの? 卑しいメス豚の分際でさ」
「はっ、ぁっ、はぁっ……――はぅううううううううううううううううっ♡!!」
突如、無表情が決壊。
恍惚とした顔でビクビクと身体を痙攣させ、凄まじい勢いでその場で土下座した。
「ぼ、坊ちゃま……!! これを……!!」
差し出してきたのは、動物用の赤い首輪。
一瞬ギョッとするも、優しくしたい自分を押し込めて彼女を見下ろす。
……何か、変な気分だ。
ひれ伏している彼女を見ていると、胸の内側がゾワゾワとして黒い衝動が湧いてくる。
絶対にダメなのに、そんなことはしたくないはずなのに、このまま痛めつけて壊してしまいたい欲が心を焦がす。
「これでよし……っと」
首輪の装着が完了。
ミモザは、この上ないほど嬉しそうに笑う。
「……ていうか、許可してないのに、またひとの言葉喋ったよね?」
「お゛っ♡!!」
「床で反省してて。ベッドはひとが使うものだからね」
「んお゛ぉおおおお♡!!」
壊れた玩具のように全身を震わせ、そのまま転がってベッドから落ちた。
心配になって覗き込むが……う、うわぁ、すごい。ミモザ、あんな顔できるんだ……。
……胸がざわつく。
何だかすごく、楽しい。
「ふーっ、ふーっ……ん、はぁっ……んぅ……!」
ふと、隣へ視線を流すと。
僕たちのやり取りを見て、メルガが一人でシていた。
胸部と下腹部を弄り、唇から艶っぽい声を漏らす。
汗がとめどなく溢れ、流れ落ち、シーツに染み込む。白く逞しい肌が濡れてテカテカと輝く様に、僕はゴクリと唾を飲む。
「ひょわっ!? い、いや、これは違くって……! 変なことは何もしてにゃくって……!」
僕の視線に気づき、メルガは緑の目をパチクリしながら激しく焦り始めた。
大きな身体に似合わない、少女な中身。
その気弱な様に、ギャップに、素直に可愛いと思ってしまう。
「別に僕、気にしないよ。メルガがどんなことシてても」
「でも……でもっ、ただでさえ身体、大きいのに……! へ、変態とか、気持ち悪いって思われて当然だし……!」
過去のトラウマが尾を引いているのか、いまだにメルガは自分の身体のことを気にしている。その焦りが、汗となって現れる。
「メルガ、ちょっとごめんね」
「えっ!? あっ、んにゃぁあ!?」
先ほどアトリアが僕にしたように、今度は僕がメルガを押し倒した。
右手を恋人繋ぎして、ベッドに押し付けて。
もう片方の手で、頬を濡らす汗と涙を拭う。
「ほら、目線の位置一緒だ。こうしちゃえば、身体の大きさなんか関係ないよ」
「ぅあ……あぅう……顔、近いよぉ……!」
「そりゃあ近くないと、メルガとキスできないし」
花弁の露を払うように優しく口づけをして、ふっと顔を離した。
たったそれだけの行為で、彼女は息を切らす。
「ていうか、変態とか言い出したらミモザはどうなるのさ。あのド変態マゾ豚以上なんて、そうそういないよ」
「ん゛お゛ぉおおおお♡!!」
ドタバタと床でのたうつミモザ。
その様を二人で見てくすりと笑い、今一度顔を見合わせ視線を絡める。
「メルガ、もう少し待ってて。僕もすぐ、君みたいに大きくなるから。……まあ、そこまで身長が伸びるかはわからないけど。それでも、立ってる状態で頭に手が届くくらいにはなるよ」
「……うん、待ってる……ずっとそばで、待ってる……!」
唇が触れ合って、熱く深く交わって。
首の後ろへ腕を潜らせ、強く抱き締める。
つつけば壊れてしまいそうな彼女を、目一杯愛でて大切にする。
「……れ、ぐっ、レグルス……!」
苦しそうなミラの声に、僕は勢いよく身体を起こした。
「えっへへー♡ ミラさん、どこ行くのー♡?」
「来ないでよ変態っ! アタシは女同士でなんて――って、んぁっ! ん、ふぅう……っ!」
アトリアに捕縛され、ミラは唇を奪われた。
僕が見ていない間に散々されたようで、二人の顔は唾液で濡れていた。アトリアのテクニックの前に慣れないミラは無力であり、悔しそうにしつつも与えられる快感に身体を震わせる。
「ごめんね、ミラさん♡ レグルス君が忙しそうだから、あたし暇でさぁ♡」
「あっ……ぅ、うっ……いつかやり返してやるんだからぁー……!!」
いいようにされたことがよほど悔しかったのか、再戦を誓うミラ。
色々な意味でとろとろな彼女を見下ろして、アトリアはニヤッと歯を見せて笑う。
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ――
そして、輝く股間。
寝室を明るく照らし、窓の外へ漏れ出し、闇夜を切り裂く。
みんなが僕を見る。
覚悟を決めた顔で。
そして同時に、物欲しそうに。
「――……
【おち○ぽチャンバラマスター】として。
否――。
一人の男としての戦いが、今始まった。
――――――――――――――――――
あとがき
元ノクターンノベルズの住人として本番を鮮烈に書きたいところですが、そんなことをすると確実にカクヨムさんから首をキュッとされるので自重します。
次話で第一章完結です。
面白かったら、レビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。
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