第26話 世界の安寧のためにっ!


「「「「……」」」」


「ちょ、ちょっと黙らないでよ! アタシだって、自分で言ってて恥ずかしんだから……!」


 あまりの衝撃に固まっていた僕たちは、ミラの声にハッと目を見開いた。

 アトリアはニヤニヤと妖しげな笑みを浮かべ、ミモザは青い瞳に綺麗とは言い難い熱を滾らせ、メルガは僕をチラ見しながらモジモジと身体を揺らす。僕は寒気に似た興奮を感じつつ、ミラに視線を戻す。


「……セックスをする以外に方法はないの?」


「知らないわよ。ただでさえ歴史が改ざんされてる影響で、当時の情報がほとんど残されてないんだから。……ってかレグルス、まだヤッてなかったのね。驚きだわ」


「いやだって、責任も取れない状態で子どもができたら大変だし。みんなのことも、子どものことも、僕の周りのひとは誰一人不幸にしたくないから」


「……人生何周目? 立派だとは思うけど、もうちょっと14歳をエンジョイした方がいいと思うわよ」


 ミラは心配そうにため息を漏らしつつ、「安心して」とこぼす。


「【おち〇ぽチャンバラマスター】は子どもを作りたくても作れない。戦うために性的な接触が前提のジョブなのに、毎回子どもができてたら運命に立ち向かうどころじゃなくなっちゃうでしょ。剣が握れないのと一緒で、一種の弱体化デバフでしょうね」


「えっ? いやでも、だったら僕たちって何なの? 子孫……なんだよね?」


「世界の異変を払い除けて【おち〇ぽチャンバラマスター】の役目が終わった時、ようやく生殖能力が戻るそうよ。レグルスのアレは、まだ勃てば輝く。ってことは、戦いは終わってないってこと」


 ミラを止め、[竜の牙]に入ってわかったことだが、彼女たちはアランが言っていた魔物の急増とはまったくの無関係だった。


 原因は別にある。

 であれば、いずれ僕はそれに対処しなければいけない。【おち〇ぽチャンバラマスター】だから。


「難しいことはよくわかんないけど、つまりレグルス君とえっちしても何の問題はないってことだよね!?」


「そ、そうね……」


 イエーイ! とミモザとハイタッチを交わすアトリア。メルガも控えめにそこに加わって、ぞろぞろと僕の後ろに立つ。


「ちょ、ちょっと待って! 今ここで!? そんな急に!?」


「だってあたし、もう我慢できないし」


「いや、だからって――」


「坊ちゃま、これもまた修行です」


 急いで立ち上がり、僕は彼女らから距離を取った。

 するとミモザは、いつもの無表情で静々と語る。深刻そうな空気を纏いながら。


「次に〈抜刀〉がレベルアップし武太血ぶったちゲージの上限が上がれば、坊ちゃまは戦うことができなくなってしまいます。――それはすなわち、坊ちゃまが大切だとおっしゃる私たちの命を危険に晒すことに繋がります」


「……っ!」


「当然、その時は私たちだけで全力で対処しますが……例えばミラ様が暴走した時のような事態に対し、私たちは無力です。であれば、絆を深めてエネルギー効率を上げることは、現状何よりも優先されるべきこと」


 ミモザはギュッと拳を握る。

 力強く、鼻息を荒げながら。


「坊ちゃま、修行りましょう。私たちの命のために――そして、世界の安寧のためにっ!」


 その言葉に、僕はハッとした。


 三人から邪な気配を感じていたが、そんなことはない。

 これは僕のためであり、彼女たちのためであり、世界のための行為――ミモザはそれを理解していて、バカな僕に気づかせてくれた。


 ……やっぱり僕は、途方もなく幸せ者だ。

 

 【おち〇ぽチャンバラマスター】になって絶望して。

 弱体化デバフのせいで剣を握れなくなって絶望して。

 しかも、家を追い出されて絶望した。


 それでもどうにか今日まで生きてこられたのは、他でもない彼女たちのおかげだ。

 みんながいなかったら、僕は何もできない。


「じゃ、レグルス君♡」


「坊ちゃま」


「れ、レグルスくん……!」


 三人は僕の右手を取った。

 熱っぽい視線を浴びながら、コクリと頷く。


「……別にいいけど、あなたたち、ここがアタシの家だって忘れてるでしょ? んじゃ、寝室はあっちね。楽しんで」


「へっ? ミラさんは来ないの?」


「い、行くわけないでしょ!? バカじゃないの!?」


「何で? レグルス君のこと、好きなのに?」


「……いやだって、そ、そういうのには段階があるっていうか。アタシまだ、手も繋いだことないし……ちゅ、ちゅーも、してないし……っ!」


 一括りにした赤い髪をぶんと振り乱し、ミラは頬を真っ赤に染めた。

 それを見たアトリアは、意地の悪そうな笑みを浮かべて彼女に近づく。


「ふぅーん……じゃあ、ここで待ってるんだ♡? あたしたちがいーっぱい愛されてる声聞いて、ここで一人で悶々としてるんだ♡?」


「ちょっ!? ど、どこ触って……!!」


 アトリアはミラの後ろに回り、その豊満な胸を下から持ち上げた。

 長く細い指を食い込ませて、僕に見せつけるように弄ぶ。


「初めてのこと全部、今日してもらえばいいじゃん……♡」


「んっ……ぅっ、ほ、本当にだめっ。それ以上は……!」


「それ以上はなに♡? またいっぱい濡れちゃう♡?」


「あ、あんた、元教会勤めの【聖女】なのよね!? 【性女】に変えた方がいいんじゃないの!?」

 

「むーっ! そういうこと言っちゃう子は、こうしちゃうから!」


 揉んで摘まんで圧し潰して。

 ミモザ仕込みの巧みな刺激に、ミラは悔しそうに甘い息を漏らす。


 ―― 武太血ぶったちゲージ上昇 ――

 ―― ♂♂××× ××××× ××××× ××××× ××××× ××××× ――


 ……いや、無理だって。

 こんなの見せられちゃさ。


「あっ! そ、そこはだめっ!」


 服の下に手を入れられそうになった瞬間、ミラは血相を変えて声を荒げた。

 艶っぽく息を切らしながら、潤んだ赤黒い瞳で僕を見る。


「最初に直接触っていいのは……レグルス、だけだから……っ」


 薄い唇で、そっと紡いで。

 零れた涙の粒を隠すように、視線ごと顔を伏す。


 その様子を見て、アトリアは黄金の双眸に爛々とした熱を灯す。


「ひゃ~~~~! 可愛い! ミラさん可愛いよぉー!」


「か、可愛いとか言わないでよ! アタシの方がお姉さんなのに……!」


「メルガさん、足持って! このひと、一緒にベッド連れて行こう!」


「わ、わかった……!」


「はぁ!? あんたたち、何を考えて――って、ひゃぁ!? ほ、本当に待って! アタシ、心の準備が……!」


「ご安心ください、ミラ様。私たちが全力でサポートいたします」


「そのサポートってのが嫌なのよ! 初めてで5Pとか正気じゃないでしょ!?」


「――みんな、ちょっと待って」


 お祭り騒ぎの四人を制止して、ミラをおろしてもらった。

 彼女は床にペタンと座り、助かったことに息を漏らす。


「ミラ……手荒なことをしてごめんね。嫌なら本当にいいし、何だったら僕たちはここを出て行くから」


「……べ、別に出て行く必要はないけど。それにぶっちゃけ……嫌とかじゃ、な、ないし……」


 乱れた前髪が、ミラの唇に張り付いていた。

 それを指で払うと、濡れた毛先が照明の光を反射して美しく輝く。


「アタシが欲しいって、言って……――」


 涙の膜が張った瞳で、僕を見上げる。

 餌を乞う小鳥のような顔で。


「レグルスの口から……嘘でもいいから、アタシの全部が欲しいって言って。する前に、ちゃんとレグルスから求められたいの……!」


 緊張しているのか、呼吸が浅い。

 僅かに身体も震えている。


「……ごめん。僕は嘘が下手くそだから、悪いけど本当に思ってることしか言えない」


 そっと彼女の頭を撫でて、頬に手を当てた。

 指先に当たる、ピアスの硬い感触。煌びやかな金属が、シャランと揺れ動く。


「ミラが欲しい。……でもそれは、ミラが【魔物喰らい】だとか、[竜の牙]のボスだとか、お姉ちゃんだとか、そういうのとは関係ないよ。ミラのことが好きだから、僕のモノにしたいって思うんだ」


 我ながら、恥ずかしいことを言ってしまった。

 照れ臭くて笑って誤魔化しながら、ボリボリと後頭部を掻く。ミラは頬を真っ赤に焼き、恥ずかしそうに唇を噛み締める。


「……い、一丁前なこと言うじゃない。まあでも……その、何ていうか……あ、ありがと」


 僕の差し伸べた手を取り、彼女は立ちあがった。

 ジッとこちらを見下ろし、へにょりと口元を緩めて、むず痒そうに視線を逸らす。


「一個、お願い聞いてもらってもいい……?」


「一個と言わず、何個でも」


「……寝室まで、手、繋いでて……」


 断る理由などない。

 ミラと一緒に、一歩、二歩と歩き出す。彼女は手汗を気にしてか一瞬離して手のひらを拭い、はにかみながらもう一度繋ぐ。体温を、感触を確かめ合って、大人な雰囲気を吹き飛ばすほどのあどけない笑みを描く。


「じゃああたし、こっちの手もらっちゃおー!」


 と、アトリアがミラのもう片方の手を取った。

 ミラは僅かに顔をしかめたが、微塵の悪気もない天真爛漫な笑顔を前にして、仕方なさそうに嘆息する。


「あっ……そ、それじゃあ、わたしはこっち……!」


 僕のもう片方の手を取って、メルガはいつものように頬を焼いた。

 落ち着かないのか前髪を弄りつつ、時折僕を見てデヘデヘと笑う。


「では、私は――」


 そう言って、ミモザは僕たちの前に来て。

 あまりにも自然な動きで、うつ伏せで床に寝転がった。


「あ、どうぞ。お気になさらず。カーペットだと思って、極力強く踏みしめて寝室へ向かってください」


 ミラのお願いを聞いて、ミモザのお願いを聞かないのは不公平。

 しかし流石に思い切り踏むことには抵抗があったので、軽く踏んでその上を通る。


「ん゛お゛ぉっ!!」


 右を見ても、左を見ても、下を見ても。

 幸せな彼女たちが、そこにはいた。

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