第20話 魔物喰らい
「立派な娘さんだなぁ。うちのレグルスにも見習わせてやりたいよ」
古い夢を見ていた。
これはまだ、僕が七歳の頃の記憶。
その日、うちに父さんの友達が遊びに来た。
おじさんと、その娘さん。僕の三つ上の女の子。
その子は大人っぽくて、礼儀がなっていて、とても賢くて……。
何より、僕よりも格段に剣が強かった。
父さんも母さんも、みんなが彼女を褒めて……。
だから僕、悔しくて、いいところを見せたくて、盗賊に食って掛かったんだ。
しかし、結果は言うまでもなく。
助けに来た母さんは、僕が盾にされたばかりに刺され。
――そして、彼女が来た。
「お姉ちゃんが来たから、もう大丈夫だよ。一緒に帰ろ」
差し伸べられた手の温かさを、僕は覚えている。
盗賊たちを瞬く間に蹴散らしてしまった強さを、僕は覚えている。
綺麗だと思った。格好いいと思った。
あんな風に僕も強かったらって……。
そう、思った。
◆
「――――……あっ!! れ、レグルス君、大丈夫!?」
目を覚ますと、今にも泣きそうな顔のアトリアがいた。
腹部に走る激痛。
だが、動けないほどではない。
「ありがとう、アトリア。怪我を治してくれて」
「い、いや、あたしが治す前から、何でか最低限の治癒はされてて……完全にお腹に穴空いてたはずなのに……」
そう言って、チラリと僕が握る〝それは
疑問に応えるように、刀身が一瞬だけ光る。
これは一体……。
「坊ちゃま!?」
ミモザの声に、僕は顔をあげて立ち上がった。
ミモザとメルガは、僕を見るなり目を輝かせた。……だが、二人ともボロボロ。メルガの鎧も半壊しており、戦闘の激しさを物語る。
僕が倒した[竜の牙]の連中は、一人も残っていない。
意識を取り戻し、逃げて行ったのだろう。
「あらレグルス、もう起きちゃったの? 結構しぶといのね」
「あぁ、みんなのおかげだよ。こんなところで何やってるの、ミラ」
「……アタシのこと、覚えてたんだ」
ミラ・ミレニアム。
北方で最も有名な剣の名家。
現当主とうちの父さんは友人で、小さい頃に一度、ミラを連れてうちに遊びに来たことがあった。
そして僕と母さんは、ミラに命を救われた。彼女がいなかったら、母さんは後遺症どころでは済まなかっただろう。
「ミモザ、メルガ、ありがとう。一旦後ろに下がってて。アトリア、二人の治癒はできそう?」
「で、できるけど……レグルス君、戦うの……!?」
「どうかな。話し合い次第だよ」
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂×××× ××××× ――
気絶していたせいで、
僕は〝それは
「君が……[竜の牙]のボスなのか?」
その問いに、彼女は「ええ」と軽く返した。
そして、ブラックドラゴンの死体から鱗を一枚剥がし、何の躊躇もなく口へ運ぶ。バリボリと鈍い音を立てながら咀嚼し飲み込む。
「そんなことして平気なのか!? 大体君、その身体……!?」
ミラの右半身を覆う、ブラックドラゴンの黒い鱗。
気配も歪で、人間というより魔物に近い空気を帯びている。
「この状況でアタシの心配? 優しいのね、レグルスは。盗賊に捕まってピーピー泣いてた頃とは大違いだわ」
ふふっと彼女は微笑み、そしてもう一枚鱗を頬張った。
「……レグルス、あなた【おち○ぽチャンバラマスター】になったんですって? おめでとう、よかったじゃない。七星剣の英雄たちと同じジョブなんて」
「っ!? 何で、七星剣のことを……!」
七星剣の英雄たちが全員【おち○ぽチャンバラマスター】だったというのは、父さん曰くエーデルライト家の当主のみが知る秘密だったはず。
ミラの言葉と僕の反応を見て、後ろの三人はどよめく。
「七星剣の英雄は七人もいるのよ? あなたのとこと同じく、ミレニアム家も直系の末裔……【おち○ぽチャンバラマスター】の秘密を知ってるってわけ」
バリバリ。ボリボリ。
鱗を剥がし、中の腐った肉を食らう。
「うちのお父様はね、伝説にして最強のジョブ、【おち○ぽチャンバラマスター】にとり憑かれていたの。自分の家から【おち○ぽチャンバラマスター】を出すんだって、あちこちで子供をたくさん作って息巻いてた。おまじないとか言って自分のおち○ぽの模型を家のあちこちに置いて、娘にはペニバンを装着させておち○ぽ感覚を養わせて、四六時中おち○ぽおち○ぽおち○ぽおち○ぽって呟いて……【おち○ぽチャンバラマスター】を輩出することだけを考えてた」
そう言って、彼女は鼻を鳴らす。
悲しそうに、虚しそうに。
「でも、アタシが授かったのは【魔物喰らい】。何そのジョブって感じでしょ? これのせいで、魔物しか食べられない身体になっちゃった」
バキバキと、彼女の鱗がより強靭なものへと生え変わっていく。
「
「だったら、僕が守る。ジョブが何だろうと、ミラは命の恩人だ。もしもまたお父さんが来た時は、僕が指一本触れさせやしない……!」
その言葉に、今までずっと無感情で悠々としていた彼女が眉をひそめた。
「……あなた、バカなの? さっきアタシに殺されかけたくせに守るとか、何言っちゃってるわけ?」
「僕に殺されなきゃいけない理由があるなら、君の行動を咎めはしないよ。それに何より、僕はこうして今も生きてる。だったら、この命の恩人に報いるチャンスを無駄にはしたくない」
「……素敵な男性になったわね、レグルス。あなたが女の子を三人もはべらせてる理由、何となくわかったわ。アタシも、あなたと一緒にいられたら幸せかもって思っちゃった」
「だったら――」
「でも、それはできない」
スッと、彼女は目を細めた。
「アタシの家には、まだジョブを授かってない弟や妹が沢山いる。【おち○ぽチャンバラマスター】になれなかったら、どんな仕打ちを受けるかわからない」
ギュッと握り締めた手。
伸びた爪は、先ほどよりも更に鋭利で禍々しい。
「だからアタシ、考えたの。【おち○ぽチャンバラマスター】は、世界に何か異変が起こった時に発現するもの。だったら、おち◯ぽのおまじない何て回りくどいことしてないで、世界に異変を起こせばいい。――アタシがその異変になって、【おち○ぽチャンバラマスター】が必要な世の中にすればいい」
「異変に……なる……?」
「アタシの姿、醜いでしょう? 【魔物喰らい】のスキル〈吸収〉により、アタシは食べた魔物の能力を得る。もう随分と沢山の魔物を食べて、溜め込んできた。ブラックドラゴンの幼体も……そして、その成体も食べてる。今なら国一つくらい簡単に捻り潰せそうな気がするわ。――これだけの力があったら、きっと
彼女が[竜の牙]のトップに立ったのは、おそらくその目的のためだろう。
ブラックドラゴンのような魔物は、発見するだけでも難しい。
しかし巨大なパーティーのボスとして君臨し、潤沢な資金と人員を駆使できるなら話は別だ。
「……だからこそレグルス、あなたが【おち○ぽチャンバラマスター】になっても意味ないのよ。アタシの弟妹たちのために、今ここで死んでくれない?」
あまりにも手間のかかった計画。
そもそも彼女が世界の異変になったところで、自分の弟妹が【おち〇ぽチャンバラマスター】になる保証などない。[竜の牙]のメンバーを活用し莫大な財を成す才能があるのに、どうして肝心な部分がずさんなのか。
「ちょっと気になったんだけど――」
だからこそ、不思議に思った。
「世界の異変になるとか、僕を殺すとか物騒なこと言ってないで、その力と[竜の牙]の影響力でお父さんから弟妹たちを保護すればいいんじゃない? わざわざ【おち○ぽチャンバラマスター】にこだわる理由、ある?」
「……えっ?」
純粋な疑問をぶつけると、仄暗い表情が一転、彼女は呆けたような顔を作った。
ミレニアム家の当主。
ジョブはうちの父さんや母さんに並ぶ、【剣鬼】だったはず。並の人間ならまず勝てないだろう。
しかし、今のミラの能力は明らかに普通とは程遠い。
経済力的にも、弟妹が数百人いたところで余裕で守れるし養えるはず。
「あれ? ……そうよ。そう……アタシも最初は、そのつもりで……」
「……ミラ?」
「そう! お金があったら! 力があったら、お父様から弟妹たちを守れると思って! そのために[竜の牙]に近づいて、それで……!」
取り乱すミラ。
……気配が、気持ち悪い。
さっきまで魔物に寄っていたのに、急に人間の方へ傾いた。
かと思ったらまた魔物の方へ偏り、すぐさま人間へ。
壊れた玩具のように、ぐわんぐわんと変化する。
「あれ? あれ? あれ? ……えっ? 何でアタシ、レグルスを殺そうとしたの?」
「どうしたんだよ、いきなり! 何言ってるんだ!?」
「アタシはペニバン生活が嫌で……お父様のおち○ぽの模型だらけの家が嫌で……意味不明な腰振り訓練もセンズリ修行も全部嫌で……!! そこから弟妹たちを解放したかっただけで……!!」
片方の眼球は既に人間のものではなく、ドラゴンと同じような目に変化していた。
クハッと、突然微笑む。
凄惨に、残酷に。
その口は、まさしくドラゴンのように裂けている。
そして服を貫いて現れた、一対の黒い翼。
嬉しそうな、それでいて苦しそうな表情を浮かべ、彼女は大きく羽ばたいて天井に穴を空け飛び去ってしまった。
「レグルス君……い、今のひと、何だったの……?」
「……僕にもわからない。でも、記憶と意識が混濁してるみたいで……明らかに正気じゃなかった」
「魔物を食べ、〈吸収〉とやらでやつらの能力を得たことが原因ではないでしょうか。能力だけでなく、凶暴性まで得ていたとすれば……」
魔物は人間の天敵。どうしたって上手く利用できるものではない。
ジョブが【魔物喰らい】であっても、その毒性を完全に排除できなかった可能性は十分にある。
「あ、あの……!」
おずおずと、メルガが手を挙げた。
「さっきのひと、わたしたちに手加減してた……と、思う。じゃないと、わたしとミモザさん、一瞬で倒されてたし。心の底から悪いひとじゃないかもって、思っちゃった……」
何の気配も発さず僕に近づき、不意打ちを決めた技量。
それだけあれば、僕が意識を失っている間に三人を殺すこともできただろう。
でも、ミラはそうしなかった。
残っていた理性が、そうしないよう身体を止めていたのではないか。
「あのひとは……ミラは、僕と母さんの命の恩人なんだ。弟妹たちを【おち〇ぽチャンバラマスター】にするとか、そのために自分が世界の異変になるとか、そんなメチャクチャなことは止めたい。できるなら、正気に戻してあげたい」
それと、父さんの言葉が脳裏を過ぎる。
【おち○ぽチャンバラマスター】を襲う、大きな運命――間違いなく今回の件は、それに該当する。だったら僕に、立ち向かう以外の選択肢はない。
「……一旦ギルドに戻って、アランに報告しよう。ミラがどこに行ったのか、僕たちにはわからないし」
三人が頷いたのを見届けて、僕たちは走り出した。
――――――――――――――――――
あとがき
今回のお話の中で「おち○ぽ」と書かれた回数は20回と作中最多です。
ちなみに、20話までで「おち○ぽ」と書かれた総数は80回です(「ち〇ぽ」「ペニス」等は除いています)。
思ったより少なくて、ちょっと反省しました。
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