第21話 ひと口だけでいいから
オレ……バドーは、小さい頃は身体が弱かった。
家は貧乏で、両親は絵に描いたみたいなゴミクズで、周りの連中からはいじめられて。自分は大人になれず死ぬんだと思っていた。
でも、【狂戦士】を授かって人生が一変。
このジョブのおかげか身体はみるみる大きくなり、枯れ枝みたいに細かった腕は筋肉で膨れ、くだらない両親もバカにしてきたやつも全員を力でねじ伏せることができた。
強さだけが正しい。
強ければ全てが手に入る。
だから、[竜の牙]の前のボスを今のボスが簡単に捻じ伏せた時は、心の底から痺れたし憧れた。
それにボスは、金を稼ぐ才能にも秀でていた。
バラバラだった[竜の牙]のバカどもをまとめ、毎日とんでもない金を生み出す。
学もなく身分も低いゴミみたいなオレたちを、無条件に金持ちにしてくれる。
こんなにすごいひとは、他にいない。
「あっ! ボス、帰って来てたんですか!?」
ブラックドラゴンの死骸奪取に失敗し、ボスが出張って来たことを知ったオレたちは、すぐさまアジトへ引き返した。
アジトに到着した時には、既にボスは帰って来ていた。天井には穴がぽっかりと空いており、どうやら突き破って入って来たらしい。
「……ぼ、ボス……?」
あの成体の死骸を食べた影響か、随分と見た目が変わっていた。
どこで捕まえたのか、手には魔物が一匹。それを無心でボリボリと食らう様は、人間というより獣のようだった。
「ボス……あの、怒ってますか? ……すみません、オレたち弱くて。つ、次は絶対に頑張りますから……!!」
謝罪するが、ボスはこちらへ見向きもしない。
これは、相当怒らせたな。どう謝ろうか思案していると、不意にボスがこちらへ視線を向ける。
「……あら、バドー。帰ってたの?」
「えっ? あ、はい……」
……オレの話、聞こえてなかったのか?
結構デカい声で、ちゃんと喋ったよな。
冷たい違和感が、つーっと背筋をなぞる。
「あのクソガキ、どうなりました? ボスが倒したんですか?」
「クソガキ……あぁ、レグルスのこと? 何か自分でもよくわからなくなっちゃって、見逃しちゃった。ちゃんと痛めつけはしたんだけどね」
「そ、そうですか。まあでも、これであいつもボスの恐ろしさがわかったでしょうし、もう十分じゃ――」
「彼ってローグローズに住んでるんでしょ? じゃあ、あの街ごと滅ぼしちゃいましょっか」
「……はい?」
言っている意味がわからず、オレは聞き返した。
ボスのドラゴンのような片方の眼球が、愉快そうにギラつく。
「だって、沢山のひとの中にまぎれちゃったら、どれがレグルスかもうわからないじゃない。じゃあ、全員殺しちゃえばいいのよ! アタシってば頭いいー!」
「何言ってるんですか……?」
ローグローズは王都に次ぐ大都市。
確かにひとは多い。
……でも、だからって、あのクソガキと別の人間の見分けがつかないなんてのはあり得ない。それじゃあまるで、オレたちが家畜の豚の区別がつかないみたいじゃないか。このひとには人間がどう見えているんだ。
大体そんなことしたら、[竜の牙]はおしまいだ。
オレも舐められたくはないが、殺戮になんて興味はない。誰彼構わず殺すなんて、そんなことはしたくない。
「ところでバドー。あなたさっきから、美味しそうなもの持ってるわね。それ、アタシにもちょうだい」
「……お、美味しそうなもの? 非常食ならありますけど、美味いもんじゃないですよ?」
「何で隠すの? ほら、今担いでるの」
「……」
「いい匂いがするわね」
「……っ」
「ひと口だけでいいから」
一歩、後ろへ下がった。
「……どこへ行くの?」
もう一歩後ろへ下がり。
そして、すり足でもう一歩。
オレは走り出す。全力で、脇目も振らず。
ダンジョン跡地での戦闘で気絶したままの、
「どうしちまったんだよ、ボス!? 何なんだよあれ!?」
命令されるがままに魔物を集め、それをボスが食べて、強くなって。
性格が少しずつ暴力性を増していたのは気づいていたが、それは単にボスが強くなったからだと思っていた。ボスが強くなって、[竜の牙]が立派な組織になるなら、それでいいと思っていた。
でも、あれは違う。
強いとか弱いとか、そういう次元じゃない。
――もう、人間じゃない。
「逃げろお前ら!! 今すぐ逃げろ!! 上の街の連中にも言って周れ!!」
オレと一緒に帰って来た連中の背中を全力で叩き、アジトから逃げ出した。
――――――――――――――――――
あとがき
次回、第22話「僕は静かに、ズボンのチャックを下ろした」。
お楽しみに。
本作は第9回カクヨムコンにエントリーしておりますので、レビュー等で応援していただけると非常に嬉しいです!!
この作品でコミカライズ賞獲りたい……!!
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