第19話 遠隔勃起システム
ダンジョンの形状は様々だが、今回僕たちが訪れたのは山中に掘られた洞窟タイプのダンジョンだった。
だが、ここは既に攻略済み。
捕獲された魔物が逃げ出したといっても、たいしたことはないだろう――と思って低めに報酬を設定したのに、これは聞いてない。
「うぉらああああああああ!!」
〝それは
迫り来る大量のゴブリンを薙ぎ払う。
ゴブリン――深緑の肌を持つ毛のない猿のような魔物。
かなり低級の部類だが、その繁殖力は尋常ではなく、ダンジョン内はゴブリンで満ちていた。
「どりゃぁああ!! ……う、うひゃー! 血、べちょべちょで気持ち悪いー!」
「アトリアは無理しないで、僕たちの後ろに隠れてて! もしもの時は治癒してもらわないと――」
「レグルスくん、危ないっ!」
ゴブリンの不意打ちを、新しい白金の鎧を纏ったメルガがガード。そのまま〈城壁返し〉でゴブリンの蹴散らす。
「ありがとう、メルガ。……それにしても、何だこの量。繁殖するにしたって、何だってこんなに増えるんだ……」
これだけ増えるには、潤沢な餌がなければ無理だ。
……人間とか動物が迷い込んで食べられた痕跡はないし、他の捕獲された魔物にも手を出してない。何をどうしたらこうなる。
「坊ちゃま」
「おかえり、ミモザ。この先はどうなってた?」
【暗殺者】の隠密性と機動力を活かし、先行して偵察していたミモザ。
戻って来た彼女は、どこか深刻そうな顔をしていた。
「どこもかしこもゴブリンまみれです。あと……最深部に妙なものがありました」
「妙なもの?」
「おそらくは、ゴブリン共の餌かと。近づけなかったので具体的に何なのかはわからなかったのですが、嫌な気配がしました。やつらを蹴散らして確認しましょう」
前線は僕とメルガ、ミモザはアトリアを守りつつ、奥へ奥へと進む。
そして、ようやく最深部に到着。それと同時に
「レグルス君、今治しちゃうからね!」
「あ、あぁ、うん。ありがとう……」
アトリアに股間を治癒してもらい、眼前のそれを見上げた。
……何だ、これ。
黒い。
あまりにも黒く巨大な、何かの塊。
それはどうも生物らしく、肉や内臓を食い散らかされ、酷い臭いを放っている。
「ブラックドラゴン、じゃないかな……?」
メルガの呟きに、僕を含め全員が視線を向けた。
いきなり注目されたせいか彼女は「ひょわっ!」と声を漏らし、モジモジとしつつも続ける。
「そ、その業者のひと、ブラックドラゴンを捕まえたんだよね? これがそうで、し、死んじゃったとか……?」
「あー、なるほど! メルガさん、名探偵だね!」
アトリアに褒められ、メルガはでへでへと照れた。
対してミモザは「ふむ」と顎に手を当てて、
「ブラックドラゴンは最強と名高い魔物の一体です。人間が捕獲するなど、まず不可能でしょう」
「だったらミモザは、これをどう見るの?」
「このダンジョン跡地で産卵し、その後、病気か寿命で死亡。業者は孵化したばかりの幼体を捕獲し、売却したのではないでしょうか。ちょうどあそこに、卵の殻らしきものもありますし」
真相はわからないが、ミモザの説が正しいような気がした。
ここを根城にしていたのは、魔物の売買を生業としていた連中。ノウハウがあれば、幼体くらいなら何とかなるのかもしれない。
「まあ、詳しいことはアランに調べてもらうとして、僕たちは残りのゴブリンの掃討にかかろう。もうそんなに残ってな――」
「おぅおぅ! こんなとこで会うたぁ偶然だな!」
聞き知った声がこだまし、僕は振り返った。
いつかギルドで会った、金髪の大男。[竜の牙]の幹部。
そして、その後ろには数十人の仲間たち。
……何の用かはわからないが、穏便にはいかないよな。
くそ、ゴブリンに集中し過ぎて気配に気づけなかった。僕ってやつは、まだまだ未熟者だ。
「あっ! ち〇ちん小っちゃいひとだーっ!」
「ぶふぉっ!!」
アトリアの無遠慮過ぎる言葉に、僕は思わず噴き出した。
向こうの仲間たちもクスクスと笑うが、大男が一人を派手に殴り飛ばしたことでピリッと空気が締まる。
「……いいか女。オレの名前はバドーだ、バドー! おいテメェら! ぼさっとしてねえでやつらを囲め!」
ぞろぞろと瞬く間に僕らを囲む男たち。
皆一様に武器を構えており、その立ち姿からして素人ではない。少なくとも、Bランク程度の実力はあるだろう。
「バドーって言ったか? 僕たちはアランの依頼で仕事をしに来ただけだ。あんたらと争う気はない」
「生憎だな、こっちにはあるんだよ。そこのデカブツはオレらのもんだ。ギルドに持って行かれちゃ困る」
ドラゴンの死体には、かなりの値がつく。
それがブラックドラゴンとなれば、これだけゴブリンに荒らされていたとしても相当な額だろう。
「聞いたぜ、クソガキ。お前、ち〇こが大きくならないと戦えないポンコツなんだろ? この状況でどうやって勃起するんだ?」
ニヤニヤと笑うバドー。
他の男たちも、一様に小バカにした態度をとる。
右を見ても左を見ても敵一色。
確かにこの状況での勃起は難しい。
――わけがないだろ。
「アトリア、ミモザ、メルガ! あれをお願い!」
僕の声に、バドーたちはざわめく。
アトリアたちが戦うと思ったのかな。……残念、そうじゃない。
「赤っ!!」
「穿いてません」
「え、えっと……ひ、紐……っ!」
ムクムク――……。
ズバァアアアアアアアアアアアアン!!!!
「――ありがとう、みんな」
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ――
「な、何ぃい!? おいクソガキ、何だ今のは!? 何の暗号だ!!」
「何でもいいだろ? ――
この二週間、何もただ普通に仕事をして普通に過ごしていたわけではない。
僕は強くなる。
昨日よりも今日、今日よりも明日、一歩ずつでも前に進む。
そして苦しい修行の末、僕は生み出した。
――遠隔勃起システムを。
原理は単純。その日の彼女たちの下着のステータスを聞く、ただそれだけ。
自身の下着の状態を告白する、というシチュエーションに、僕は興奮してしまうらしい。
……まったく、罪な身体だ。
「喧嘩を売る相手を間違えたな。こっちの仕事が終わるまで寝てろ。――出力20パーセントッ!!」
地を蹴り、走り出す。
拳を振り、蹴りを入れ、剣の腹で殴りつける。
そうして一瞬で周りの連中を片付け、最後にバドーへ。
しかし、流石はAランク冒険者といったところか。あの大きな斧で、〝それは
「ふっざけんなクソがぁ!! オレはボスから言われてるんだ!! そいつを持って来いって頼まれてるんだよぉ!!」
……やけに必死だな。
そんなに金が必要なのか?
[竜の牙]の懐は潤沢なはず。
もしかして、何か他に理由が……――いや、今はいいか。
「だったら、今のうちに失敗した言い訳を考えときなよ」
出力50パーセント。
寿命を十年使い強力な一撃を放つスキル、〈
「はぁー……まったく、手のかかる連中だな。みんな、仕事を再開し――」
「ここへ向かうレグルスたちを見たって聞いたから来てみれば、全員やられちゃってるじゃない。使えないわね、まったく」
音もなく、気配もなく。
その人は、僕の隣に立っていた。
長い赤黒い髪をひとまとめにした、不気味な気配を纏う胸の大きな女性。
いつの間に、僕に近づいた。
一体どうやって。
疑問が疑問を呼び、頭の中が渋滞する。
そんな時、彼女は赤い双眸は僕を映し、ニッコリと微笑んだ。
「――ごめんね、レグルス」
「えっ?」
黒く、黒く――ブラックドラゴンのような鱗を纏い、黒く変色していくその女性の腕。爪も伸び、鋭く尖り、殺気を帯びて。
それは濡れた紙に指を押し当てるが如く、僕の腹を容易く貫いた。
「――――ッ!?」
痛みに襲われながら、頭の中で何かが爆ぜた。
それは、幼い頃の記憶。
僕はこのひとを知っている。
会ったことがある。
――あぁ、そうか。
薄れゆく意識の中、僕は遥か彼方の思い出を掴み取った。
このひとは――。
――――――――――――――――――
あとがき
腹貫かれてますが、レグルス君は過酷な修行を積んでいるので、当然この間も勃起してます。
面白かったらレビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。
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