第9話 ピカピカち〇ぽ坊主
「Sランク評価、ですか? えっと、無理……ですね……」
「えっ!?」
散々用意して、目いっぱい格好をつけて登場したつもりが、受付のお姉さんは申し訳なさそうにそう言った。
「っていうか、その……どうして下の方が、輝いていらっしゃるんですか……?」
「坊ちゃまのように偉大なお方は、輝いて見えるものなのですよ」
「な、なるほどー……」
「ミモザ、適当なこと言わないの。ごめんね、これは僕のスキルの一部だから」
そう言うと、お姉さんは少し引いた目で苦笑い。
……アトリアとミモザがあまりにも自然と受け入れてくれたから勘違いしてたけど、これが普通の反応だよな。七星剣のひとたちも、これが恥ずかしくて歴史を改ざんしたわけだし。
「おうおう! 何だそのピカピカち○ぽ坊主! すんげぇなー!!」
豪快に笑いながら、ピカピカスキンヘッドの男が裏から出てきた。
彼を見て、「ぎ、ギルドマスター!」とお姉さんは驚く。
「俺はここ、冒険者ギルドローズローグ支部の
「は、はあ……痛ででっ……」
ガハハと声をあげながら、無遠慮に僕の背中を叩く。
……何か酒臭い。仕事中に酔ってるのか?
「でも悪ぃな、Sランクはくれてやれねえ。対応できる監督官が、うちにはいねぇんだ」
そう口にして、詳細な事情を話した。
聞いてみれば単純な話で、このギルドには受験者の実力を判断できる設備と人員がAランク相当までしかないらしい。Sランク評価を得たいなら、王都のギルドに行った方がいいと言う。
「ってなわけだ。まあ仮に王都に行ったって、最初っからSランクなんて無理だろうけどな。そんなやつは数万人に一人って逸材だぜ」
資金も時間も潤沢にあるため、王都まで足を伸ばすことは可能だ。
……ただ、今日のために色々と準備してきた分、出鼻を挫かれた感じだな。ここに来る前まで、三人でSランクとったあとのお祝いの話とかまでしてたのに。
「おいアラン! あいつと戦わせてやれよ!」
「おういいねぇ! あいつに勝ったらSランクだろ!」
「黒鎧のクソ野郎をぶっ飛ばしてくれよ、ピカピカち○ぽ坊主!」
ヘラヘラと騒ぐ冒険者たち。
アランは「うるせぇぞお前ら!」と声を荒げ、小さなため息をこぼした。
「黒鎧って誰? そのひとを倒したらSランクをくれるの?」
「本気にすんなよ。あのバカ共が勝手に言ってるだけだ。…………まあ五秒以内、いや一分以内に倒せたら、Sランクをくれてやってもいいけどな」
「一分って、伸ばして大丈夫なの? そういうのって普通、縮めるもんじゃ?」
「五秒より短くするってか? ハッ、無理無理! そいつは一等打たれ強いんだ。この場の全員で袋叩きにしても、傷一つ付かねぇし倒れねぇよ」
「……へえ、それは面白いな」
僕の反応を見て、後ろの冒険者たちが騒ぎ出した。
「何か格好いいこと言ってんぞ」「負けて泣きべそかくとこ見に行こうぜ」「そのオモシロち○ぽで何するんだよ」と、一様に鼻で笑う。
それに対し、怒り顔のアトリアと静かに苛立つミモザ。
彼女らの手を握って、「あいつらはいいから、僕のことだけ見ててよ」と微笑みかけた。二人は頬を赤らめて手を握り返し、そっと頷く。
「……そのピカピカち○ぽ、もしかしてとんでもねぇ女殺しなのか?」
「え? いや、何でそうなるの?」
「そりゃあお前、ガキのくせにそんな上玉な女二人も抱えて……」
羨ましそうな目で僕の下半身をチラチラと見て、「まぁいいや」と頭を掻いた。
「あいつはそろそろ来ると思うから、少し待ってろ。……ってか、そこの嬢ちゃんたちも冒険者になんのか? こいつみたいにSランクが欲しいとか言わねぇなら、すぐに模擬試合をしてやれるが」
「だってさ。どうする、二人とも?」
「いいよ、やろっか! あたしたちが先にAランクになってたら、レグルス君も頑張ろうって気持ちになるでしょ!」
「では、私も。たまには身体を動かさないと鈍ってしまいますし」
「……嬢ちゃんがた、世間知らずが過ぎるぜ。ちょっと周りを見てみな。やつら、バッジを付けてるだろ?」
アランに促され冒険者たちを見ると、確かに各々見える位置に緑や青や黄と様々な色のバッジを付けていた。
「緑がDランク、青がCランク、黄がBランク……そうやって、ランクごとに色分けされてんだ。んで、この赤のバッジがAランク。こいつを持ってる冒険者は、この国に三十人もいないんだぜ? その腕を見込まれて、国にかなりの高待遇で雇われることだってある。それをそんな簡単に……」
何もわかってねえな、とアランは肩をすくめた。
ごもっともな発言だと思うが、この二人に関して僕が心配することは何もない。
「うぉー! 何だよこのかわい子ちゃんたち!」
建物に入って来た、黄色のバッジを付けた二人組の男。
そのうちの一人が、アトリアとミモザに馴れ馴れしく話し掛ける。
「もしかして冒険者になんの? うちのパーティーにおいでよー!
醜悪な笑みを浮かべて、男はアトリアの胸に触れようとした。
僕が止めようとした、その瞬間。
「――失せろ」
僕には決して見せない純度100パーセントの殺意を滾らせ、恐ろしく低い声を響かせた。と同時に、神速の右アッパーが男の顎を捉える。
「ぶふぉっ!?」
アトリアよりもずっと大きな男の身体が、あっさりと宙に浮きあがりそのまま天井を突き抜けた。
数秒後、男はもう一つ天井に穴を空けて落下。
泡を吹きながら失神するそいつを見下ろし、彼女はフンと鼻を荒げる。
……相変わらず、尋常じゃない怪力だな。
【聖女】に備わるスキルの一つ、〈
それは自分や他人の傷を治癒する【聖女】として基本のスキルだが、アトリアはそれを使用して自身の骨格と筋力を超強化し、上位の魔物に匹敵する力を発揮する。
それに加えて喧嘩の技は、元Sランク冒険者で夫婦喧嘩無敗のうちの母さん仕込み。有象無象のチンピラになど負けるはずがない。
「あたしに触っていいのは、レグルス君だけなんだから! 気持ち悪いったらないよ、まったく!」
と言いつつ、瀕死の男をしっかりと治してあげるのだからいい子だ。
ただ、アトリアのスキルじゃ天井の穴は直らないわけで……。
仕方ない、弁償するか。
「て、テメェ、このクソアマァ!」
残った二人のうちの一人が、腰に差した剣に手を伸ばす。
――が、瞬きのうちに動きを止めた。
首に押し当てられたナイフ。その冷たさに、男は唾を飲む。
「勝手に喧嘩を売ってきてクソアマ、ですか。ご両親の教育熱心さがうかがえて、大変羨ましいです」
つい先ほどまで僕の隣にいたミモザは、男の背後に回り込み冷たい声を鳴らす。
〈ブラインドスポット〉――対象の死角に転移する、【暗殺者】だけの強力なスキルだ。
超スピードですらないため、気配で察知することは不可能。
今は向かい合った状態だったが、仮に街中の雑踏でこれをやられてしまうと、うちの両親でも対処できるかどうか。僕だったら、間違いなく殺されていると思う。
「Bランク冒険者をこうもあっさり……嬢ちゃんがた、バカ強ぇな……」
あんぐりと口を開くアランに、アトリアは得意そうに大きな胸を張り、ミモザはやはりいつもの無表情で静々とナイフを拭い鞘にしまう。
「ってかお前ら、入って来て早々に何だよ。[竜の牙]の連中は、女にボコられる趣味でもあんのか?」
アランは鬱陶しそうにため息をつく。
すると今度は金髪の大男が入って来て、「騒がせて悪ぃな」と野太い声を響かせた。
……先に来た二人はともかく、こいつは強いな。
僕の勘の答え合わせをするように、肩のあたりに赤いバッジを付けているのが見えた。Aランク冒険者の証……この国で三十人の内の一人か。
「今日はこいつを届けに来たんだ。アラン……あんたが差し向けたんだろ?」
そう言って大男は、片手で引きずっていた青年を投げ、アランの前に転がした。
激しい暴行を受けたのか、青年はボロ雑巾のようになっており息は絶え絶え。アトリアは「わわっ!」と声をあげ、すぐさま彼を治癒する。
「オレたち冒険者パーティー[竜の牙]は、健全に依頼をこなして真っ当に稼ぐごく普通の組織だぜ? なのに何だよ、スパイなんか寄越して」
「……こっちだってそんなことしたくなかったが、お前らに黒い噂が絶えないから仕方ないだろ。大体、何だこの有様は。ここまでするこたぁねえだろうが」
「変に疑われて傷ついたうちのメンバーが、つい手を出しちまったんだ。オレは止めたんだぜ? いやマジで、嘘じゃない。何だったらそいつに聞いてくれよ」
ニタリと、大男は口角を歪ませた。
アトリアの治癒によって青年は意識を取り戻すも、大男を見るや否や。
「うっ、うわぁああああああああああああ!!!!」
と、絶叫しながらギルドの奥へ引っ込む。
想像を絶する経験をしたことがうかがえる。
事情はよくわからないが、[竜の牙]というパーティーは相当素行が悪く、冒険者ギルド側から内偵調査が入ったようだ。
それがバレて、スパイの青年にこの仕打ち。
どう考えても、まともな集団じゃないな……。
「にしても、テメェらなぁ……」
と、大男は振り返り。
ゴフッ!!
アトリアに絡んだ男を、思い切り殴り飛ばした。
次いでミモザにナイフを押し当てられた男の胸倉を掴み、人形で遊ぶ幼児のように床に叩きつける。
「弱ぇくせに半端に粋がってんじゃねえよ!! それで[
何度も、何度も、何度も。
執拗なまでに暴力を振るう。
所詮は他人事。
まして、僕たちに手をあげた連中がどうなろうと知ったことではない。一丁前に武器をぶら下げた男なのだから、自分の尻は自分で拭けばいい。
――が。
痛めつけられ、今にも意識を失いそうな男の目が、一瞬だが僕を見た。
助けてと、そう言ったような気がした。
その情けない眼差しを、僕は知っていた。
同じく粋がって盗賊団に突っ込み捕まった、かつての自分。母さんに取り返しのつかない迷惑をかけた、あの時と同じ。
「……アトリア、ミモザ、ごめん。ちょっと僕、今から余計なことする」
と、謝っておく。
二人は意図を察したのか、仕方なさそうにしつつも黙って頷いた。
……ありがとう。
本当に僕にはもったいない子たちだ。
ふっと息を吸い、股間に手を伸ばす。
その光を掴むために。
「
〈抜刀〉発動。
出力2パーセント。
この一週間の修行の成果。
極限まで威力を殺した〝それは
「――――ッ!?」
突然のことに目を剥く大男。
ブフッとアランは噴き出し、見ていた冒険者たちもクスクスと笑う。
「意外と小さいな」「図体のくせにあっちは枝サイズかよ」「情けねー」と誰かの声に、大男は焼けた鉄のように顔を赤くする。
「早く帰って着替えた方がいいんじゃないか。そのままじゃ、大切な[竜の牙]が舐められちゃうよ?」
胸倉を掴んでいた男の服が破れ、ドサッと床に落ちた。
僕の目配せで、ミモザが素早く回収。
アトリアはやれやれと肩をすくめつつ、その男も治癒する。
……余計な仕事作ってしまい、本当に申し訳ない。
あとで二人には、甘いものでもご馳走しないと。
「……ふ、ふざけたことしやがって、このクソチビが。テメェ何者だ……?」
破れた服を腰に巻きつつ、大男は凄まじい剣幕で僕を睨む。
「僕はレグルス。――【おち○ぽチャンバラマスター】のレグルスだ」
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