第29話

運よく土砂の中から抜け出すことができた人も、土の重みに耐えかねた屋根が落ちてきて押しつぶされた。



窓が大きな音を立てて割れ、土から顔を出していた人の首に突き刺さる。



「嫌……やめて!」



あたしは思わず叫んでいた。



こんなのひどすぎる。



この人たちが一体なにをしたっていうの!?



『痛い、苦しい……』



『誰か助けて……』



その時、あたしへ向けて土砂の中から無数の手が伸びてきた。



「ひぃ!!」



あたしは咄嗟に身をひるがえし、その手から逃れようとする。



しかし、自分の体も土砂に埋もれてしまい、思うように逃げることができない。



その時だった。



体の向きを変えたことでゲーム画面が視界に入った。



さっきまで暗転していた画面には光が戻っていて、《ゲームクリア》の文字が表示されている。



「なによそれ……」



あたしの声は自分でも驚くくらいに震えていた。



これでゲームクリアってどういうこと?



結局、全員死んで終わりってこと!?



すべての希望を失いそうになったとき、無数に伸びてきていた手が倉庫のドアへ向かっていることがわかった。



え……?



『私たちは、ホラーゲームに誇りを持っている』



今までとは違う、そんな声が聞こえて来た。



それは倉庫内に幾重にもなって響いているように感じられた。



『今までにない、誰もが認めるようなホラーゲームを作ろう』



『そのためには時間が必要だ』



『家に帰るのも、ご飯を食べる時間も勿体ない』



それは、元気だったころの彼らの会話の一部だった。



『雨が降っても、雪が降っても、絶対にゲームを完成させる……』



そんな熱心な話声から一変し、今度は何者かわからないヒソヒソ声が聞こえて来た。



『この会社よ。ホラーゲームばかり作っている会社は』



『子供の教育にも悪いし、もっと別の場所に会社を建てればいいのに』



『どうせ毎日残酷なことばかり考えているのよ』



『怖いわよねぇ。本当に事件でも起こしそうで夜も眠れないわ』



根も葉もないただの噂。



だけど悪い噂はあっという間に広がって行くものだった。



『あのゲーム会社、夜中に窓ガラスが割られていたんですって』



『陰湿なゲームばかり作っているから、そんなことになるのよ』



その危害の原因が、自分たちにあったなんて考えもせずに軽口を叩く。



『みんな頑張ってくれ! もう少しで次のゲームが完成する。これは必ず大ヒットして、会社の運命を大きく変えるだろう……!』



あたしは画面へ視線を向けた。



彼らが開発していたホラーゲームが、これだったのだろう。



残酷なスゴロクゲーム。



だけど暗号に気が付けば逃げ道はある。



ミッションは毎回シャッフルされ、どんな指示がでるかわからない。



そんな、ハラハラするようなゲームだ。



どれだけ世間から白い目で見られても自分たちの仕事に誇りを持ち、一生懸命向き合っていた人たち。



その強い想いがあたしにも伝わってきた。



このゲームは本当に世界中でヒットするはずだったのだろう。



彼らを指さしていた人々が思わず口をつぐんでしまうほど、完成度の高い商品になるはずだった。



だけど、ゲームの作成途中で水害が起こってしまい、未完成となった……。



それでもゲームは完成させたい。



その強い念がこうして未完成のゲームを完成させたのかもしれない。



そう考えた時、沢山の手が倉庫のドアに触れた。



そして一斉にドアを押し始めたのだ。



ドアはギッギッと鈍い音を立ててひび割れ始める。



私たちのゲームは完成した、そしてクリアされた。



世界に名を残すゲームが、これで終わる……。



そんな声が聞こえて来た次の瞬間、ドアが音を立てて倒れていた。



同時に倉庫内の土砂が流れだし、あたしの体は一緒になって部室内へと流された。



ドォォォ! と土が流れる音がして、机や棚を次々となぎ倒して行く。



体のあちこちが床や壁、机や椅子などにぶつかり上と下の区別もつかなくなった。



必死で自分の頭を抱きかかえるようにして守る。



やがて土砂の勢いは止まり、あたりは静寂に包まれていた。



そっと顔を上げてみるとゲーム研究会の部室は泥まみれになっていて、モニターやゲーム機があちこちに散乱している状態だった。



「イクヤ!」



あたしはどうにか土砂の中から抜け出して、叫んだ。



沢山土を飲んでしまったようで、叫ぶと同時に吐き気がした。



えずきながら部室内を見回す。



イクヤの姿も、先生の姿も見当たらない。



しばらくすると大きな音を聞きつけた先生たちが駆けつけていた。



泥まみれで立ち尽くしているあたしを見つけて混乱し始める先生たち。



だけど、説明している暇なんてなかった。



「土砂の中にイクヤと先生がいるの!」



あたしは大きな声で叫び、土砂をかき分けて2人を探し始めたのだった。



あの出来事から2か月が経過していた。



倉庫と部室内の土砂は綺麗に取り除かれたが、今は両方とも使用禁止になっている。



あたしたちを散々振り回したゲームは、どこをどう探しても見つからなかった。



けれど、土砂が流れ込んできた時の映像はイクヤも同じように見ていて、自分たちがゲームをクリアしたことで供養されたのではないかと、考えられた。



「今日はいい天気ですよ」



あたしは先生へ向けてそう声をかけた。



隣にはイクヤもいて、白い花を持っている。



「先生、あの時は助けてくださってほんとうにありがとうございます。おかげで俺、今でもこうして元気で生きてます」



イクヤは先生の前に座り、そう言った。



あの時、あたしは懸命にイクヤと先生の姿を探した。



そして見つけた時、先生はイクヤに覆いかぶさるようにして無くなっていたのだ。



先生の背中には電動ばさみやガラス片が所狭しと突き刺さっていて、あの混乱の中、目が見えないイクヤを庇うために自分の身を犠牲にしていたのだとわかった。



イクヤは白い菊の花を先生のお墓に添えて、あたしたちは手を合わせた。



「先生のお蔭で、ゲームはこの世から消えたよ」



あたしは手を合わせたまま、そうつぶやいたのだった。



あたしはイクヤの手を握りしめて、先生のお墓に背を向けた。



これから先なにがあってもあたしたちは生きていかなきゃいけない。



先生がくれた命を大切に守り続けないといけない。



そう思い、前を向いて歩き出す。



あたしたちは、決して先生のことを忘れないよ……。



だから、あたしは気が付かなかったんだ。



先生の墓石の裏に、ケースに入っていない泥まみれのゲームソフトが落ちていることに……。






END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間サイコロ 西羽咲 花月 @katsuki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ