第26話

あたしはイクヤにコントローラーを握らせ、ボタンの位置を教えた。



イクヤはゴクリと唾を飲み、コントローラーを操作する。



「あぁ……」



出た数字に思わず落胆の声を漏らしてしまった。



「なんマスだ?」



イクヤにそうきかれてあたしは一瞬答えられなかった。



「ユウ?」



「うん……2マスだったよ」



残りのマスは一体どのくらいだろうか。



キチンと数えていないけれど、まだまだゴールまでは長い。



こんな調子でプレイしていては、あたしたちは途中で死んでしまうかもしれない。



「ミッションは?」



そう聞かれて、あたしは気を取り直して画面を確認した。



しかし、出ている文字を簡単に読むことはできなかった。



《手の爪をすべて剥ぐ》



あたしは無意識の内にイクヤの手をキツク握りしめていた。



この綺麗な手からすべての爪が無くなってしまうと思うと、全身が冷たくなっていった。



「なんで……さっきはそこまで指定されてなかったのに……」



あたしはそう呟いてうつむいた。



あたしのイレズミの時は、イレズミの大きさとか、入れる場所に特に指定はなかった。



でも、今回は手の爪をすべて剥ぐと書かれているのだ。



これをちゃんとクリアしないと、次には進めない。



「ユウ、大丈夫だから教えて? カウントダウンがなくなるだろ?」



「……そうだね」



そう言っても、このミッションをイクヤに伝えるのは勇気が必要だった。



「手の爪を、全部剥ぐ」



あたしはイクヤから視線を外し、床を見つめてそう言った。



隣でイクヤが息を飲む音が聞こえて来る。



「これ、使えるんじゃないか?」



後ろから先生が声をかけてきたので振りむくと、その手にはニッパーが握られていた。



「先生、お願いします」



イクヤは青ざめているが、しっかりとした声でそう言った。



「でも、良いのか……?」



先生はニッパーを握りしめたまま立ち尽くしている。



「死ぬよりマシです。爪なら、きっとまた生えてくる」



覚悟を決めた言葉に、あたしの胸は痛くなった。



どうに過去の状況を打開できないか、もう1度スマホを取り出して確認する。



しかし、やはりこの部屋は圏外になっていて、誰にも連絡を入れることはできなかった。



「早く、先生」



目が見えないイクヤは、自分で自分の爪を剥ぐことができない。



誰かがやらないといけないのだ。



あたしはグッと恐怖を押し殺し、イクヤの体を後ろから抱きしめた。



拘束するのではない、安心させるためだった。



「先生……お願いします!」



カウントダウンはいやおうなしに進んで行く。



残り3分を切っていた。



その中で全部の爪を剥がすのは、時間的にもギリギリだ。



「わ、わかった……」



先生は震える声でそう言い、ニッパーを握り直したのだった。


☆☆☆


イクヤの悲鳴が倉庫中に響き渡っていた。



足元には5枚の爪が落下していて、一緒に剝がれた薄皮も血にまみれた状態だった。



あたしは後ろからイクヤの体を抱きしめたまま、キツク目を閉じた。



これでまだ半分だなんてひどすぎる。



とても見ていられなくなった。



抱きしめているイクヤはあたしの腕の中でもがき、何度も逃げ出そうとする。



その度にあたしは抱きしめる腕に力を込めた。



ここまでスムーズに爪を剥いできたけれど、カウントダウンは残り1分だ。



イクヤが暴れることで時間制限に間に合わなくなるかもしれない。



「うぅぅぅぅぅ!!」



また、イクヤが唸り声を上げ始める。



一枚の爪が徐々に体から切り離されている時、イクヤは唸り声を上げた。



「もう1枚だ!」



先生の声にあたしはハッとして目を開けた。



床に落ちた爪はさっきより数を増やしていて、イクヤの指先からは次々血が流れ出していた。



そしてついに、最後の一枚になった。



先生はイクヤの左手小指に、ニッパーを押し当てた。



そしてそれは爪をしっかりと掴む。



「イクヤ、もう終わるからね!」



最後の爪が剥がされる瞬間、あたしはそう言ってイクヤの体を強く抱きしめたのだった。



《クリア》



画面にその文字が出たのを確認すると同時に、あたしは全身の力を失ってその場にヘナヘナと座り込んでいた。



イクヤも呆然とした様子で座り込む。



「止血、しないと」



あたしは鞄の中からハンカチを取り出し、出血を続けているイクヤの手に巻き付けた。



イクヤの指先も手もすべて真っ赤に染まっていて、見ているだけで涙が込み上げて来た。



どうしてあたしたちがこんな目に遭わないといけないんだろう。



あたしたちが、一体何をしたっていうんだろう。



「ユウ……俺は大丈夫だから」



少し落ち着いたのか、イクヤがそう言って口角を上げて見せた。



「イクヤ……」



「泣いてるの? 声が変わってる」



「な、泣いてないよ」



あたしは慌ててそう言い、涙をぬぐった。

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