第25話

「あった……」



先生の言葉に我に返って視線を向けると、机の上のモニターが明々と光っていた。



そして画面上にはあの包帯男がいたのだ。



それを見た瞬間激しい吐き気に襲われて、ドアに手をかけた。



しかし、ドアはしっかりと閉められていてビクともしない。



「先生!!」



悲鳴のような声を上げて助けを呼ぶ。



しかし、先生がドアを開けようとしてもやはりビクともしなかったのだ。



「そんな……そんな……!!」



恐怖で全身がブルブルと震えだし、その場に立っていることができなくなった。



すぐにスマホを取り出して確認してみるものの、圏外だ。



あの時と、全く同じだ……。



全身が凍り付いてしまったように動かなかった。



絶望という名の闇が、あたしたち3人を覆いつくそうとしている。



「どうしたユウ? ドアが開かないのか?」



イクヤが混乱したようにその場に立ちつくし、あたしを探して杖を持っていない左手を彷徨わせている。



「イクヤ……どうしよう、あたしたち……また戻ってきちゃったよ……」



あたしはそう言いイクヤの手を握りしめた。



画面には新たなプレイヤーを1人決める場面が表示されていた……。


☆☆☆


「これは、先生のキャラクターを決めろってことですよね……」



あたしは画面前に立ってそう言った。



相変わらず新しいキャラクターを決める画面が表示されていて、ご丁寧に30分のカウントダウンまで始まっている。



あたしとイクヤが決めたキャラクターはすでにマスに立っている状態だ。



「そうなのか……」



先生は額に浮かんできた汗をぬぐい、コントローラーを手に取った。



「先生! あの時に持っていたお守りはないんですか?」



イクヤが思い出したようにそう聞いて来た。



すると先生はイクヤへ振り向き、そして渋い顔をして左右に首を振った。



「今日は持ってきていない……」



こんなときに限って、大切なお守りは持っていないみたいだ。



だけど、仮にお守りを持っていたとしたらこのゲームを見つけることはできなかったかもしれない。



自分たちで見つけられた分、幸運だと考えることもできた。



「先生、とにかくキャラクターを作ってください。このカウントダウンが終ると、先生は……」



そこまで言って言葉を切り先生を見た。



先生もあたしが言わんとすることを重々理解しているようで、大きく頷いた。



キャラクターを選び、名前を決めるとプレイ画面へと戻っていた。



次にサイコロを振るのは、あたしの番だ。



あたしは大きく息を吸い込んで、先生からコントローラーを受け取った。



今度はどんな残酷なミッションが待っているだろう。



まさか、自分がまたここに戻って来てしまうなんて考えてもいなかった。



心の準備は全然できていないけれど、カウントダウンは容赦なく進んで行く。



ぼーっとしている暇がないことは、もうわかっていた。



あたしは勢いよく息を吸い込み、サイコロを振った。



出た目の数は3だった。



その数字を見た瞬間、落胆のため息が漏れた。



普通のすごろくゲームならそんなに悪くない数だけど、このゲームでは6以外は出したくなかった。



画面上であたしのキャラクターが3マス進み、歩みを止める。



あたしは固唾を飲んで次の画面に切り替わるのを待った。



《自分の体にイレズミを入れる》



そのミッションにあたしは部屋の中を見回した。



イレズミを入れる時に必要なのは、肌を傷つける道具をそこへ流し込む墨だった。



「ミッションはなに?」



イクヤに聞かれて、あたしは素直に答えた。



ここで嘘をついてもなんの意味もない。



「イレズミ……」



「大丈夫だよイクヤ。イレズミの大きさは指定されていなかったから、指先にちょっと入れるだけでもいいはずだから」



あたしは早口にそう言い、釘を手に取った。



肌を傷つけることができて、先端がとがっているものはこれくらいしかない。



「確か、書道部で使わなくなった道具があったはずだ」



カウントダウンが減って行くのを見て、先生は慌てた様子で道具を探し始めた。



その間、あたしは自分の小指の付け根に釘を押し当てていた。



チクリとした痛みが駆け抜けて、顔をしかめる。



それでも釘を持つ手に力を入れて、あたしはゆっくりと釘を移動させた。



イレズミの絵柄なんてなんでもよかった。



とにかく、なにかしなきゃいけない。



あたしは釘を不規則に動かし、後から後から血が滲んで出て来る。



「あったぞ!」



先生の言葉にハッとして顔を上げると、片手に墨汁を持ってやってきた。



「これ、どうすればいいんですか?」



「傷口に墨汁を流し込んで色を付けていけばいいはずだが……」



先生はそう言いながらも、おぼつかない手つきだ。



誰もこんなことやった経験がない。


あたしはにじみ出て来た血を素早く拭き取ると、先生がその上から墨汁を垂らした。



皮膚がビリビリと刺激されるような痛みがあり、顔をしかめる。



でも、背中を焼かれた時に比べるとこんな痛み優しいものだった。



グッと下唇を噛みしめて痛みに耐えるが、それはほんの一瞬の出来事だった。



小さな傷の中はあっという間に墨汁で一杯になり、ミッションはクリアされたのだ。



あたしは画面上に出ている《クリア》の文字を確認し、ようやく体の力を抜いた。



「これで成功したってことか……」



先生は画面をマジマジと見つめて呟いている。



リアルとゲームが本当に連動しているので、目を丸くしている。



「次はイクヤの番だよ」



あたしはそう言い、イクヤの手を取って画面の前へと移動した。



「1人クリアしたら、すぐにカウントダウンが始まるんだな」



先生はため息まじりにそう言った。



そう。



画面右上の、サイコロを振らせるためのカウントダウンはすでに開始されている。



あたしたちに休んでいる暇なんてないのだ。

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