第23話
「それじゃまるで、怨念みたい……」
「おそらく、その類なんだろう」
そう言われて、あたしは先生が助けに来てくれたときお守りを握りしめていたことを思い出した。
「先生は、あのゲームを入手してどうするつもりだったんですか?」
金庫の中に入れられていたと言っても、あたしたちが探し出すことができてしまったのだ。
「どんなものなのか確認して、それから供養してもらう予定でいた。あの倉庫は私しか入らないからまさかあんなことになるなんて……」
そう言い先生は悔しそうにうつむいてしまった。
嘘をついているようには見えない。
「少し、不用心すぎませんか? あんな恐ろしいゲームを学校に置いておくなんて」
先生は悪くない。
悪いのは、好奇心からそれを探し出してプレイしてしまった自分たちにある。
そう理解していても、責めずにはいられなかった。
「悪かったと思ってる。まさか、本物だったなんて……」
「先生、あたしたちがプレイしなかったら、あのゲームをどうやって確認するつもりですか?」
その質問に、先生は俯いたまま大きく息を吐きだした。
そして、「私が、自分でプレイしてみるつもりだった」と、答えたのだった。
それから、一か月が経過していた。
背中の火傷は随分良くなっていたけれど、このまま跡は残り続けるそうだ。
4人の生徒が死んだということで、学校内はしばらく騒然となっていた。
ミホの体ははじけ飛んでいたし、ホナミの体は乳房が切り取られた状態だ。
猟奇的殺人事件が起こったとして大きな騒動になったが、犯人は未だ目ぼしもついていない。
あたしとイクヤのところにも警察やマスコミがきたけれど、あたしたちは何も言わなかった。
ゲームのことを話したところで誰も信じてくれないからだ。
一番傷の浅いあたしが犯人扱いを受けるかと思ったが、1人の少女がこれだけの人数を斬殺するのは現実的ではないと言われた。
「イクヤ、いる?」
施設の一室をノックして声をかけると、すぐに中から「ユウ?」と、声がした。
「今日も来たよ」
そう言ってドアを開けると、すっかり包帯が取れたイクヤがイスに座っていた。
病院からも退院できて、今は盲学校へ通うための練習を、この施設で行っていた。
「毎日来なくていいのに」
そう言いながら、イクヤはあたしの声がするようへ顔を向ける。
色の濃いサングラスをかけているから見えないけれど、その目はガランドウだった。
「何言ってんの。あたし彼女でしょ?」
近づいてみると、机の上には点字を覚えるための教科書が広げられていた。
「点字かぁ、あたしも覚えようかな」
「結構難しいんだぞ? ユウにできるかな」
「あたしのことバカだって思ってる?」
軽口を叩きながらじゃれ合う。
こんな日が来ることを夢見ていたのに、どこか切なさを覚えた。
「学校はどうなってる?」
「うん……まぁまぁかな……」
あたしは暗い気分になり、曖昧に頷いた。
イクヤたちが学校からいなくなり、あたしは一人ぼっちになっていた。
あんな事件があって、あたしもその場所にいたということで、みんなあたしに近寄ろうとしない。
イジメられているわけじゃないけれど、まるで空気みたいに扱われていた。
これから先学校生活がどうなっていくか、考えると不安でならなかった。
「もし嫌になったら、学校やめて俺と結婚してよ」
「え?」
「あはは。冗談だって」
そう言い、あたしの背中をポンッと叩くイクヤ。
だけど、あたしの心臓はドクドクと早鐘を打っていた。
2人が結婚できる年齢になったら、それもいいかもしれない。
他人には話すことのできない過去を持っているもの同士、一緒にいれば安心することもあるかもしれない。
そんな期待が膨らんで行く。
「それも、いいかもしれないね」
そう返事をすると、イクヤは口元から笑みを消した。
「なぁユウ。あのゲーム会社について、調べてみないか?」
「え?」
突然の申し出にあたしは目を丸くしてイクヤを見た。
「先生が言っていた通り水害で沢山死者が出た。でも、それだけであんな恐ろしいゲームができると思うか?」
「それは……」
あたしは返答に困って黙り込んでしまった。
正直、被害に遭った人たちの気持ちは理解できない。
苦しみや悲しみや絶望に包まれていたかもしれない。
土砂という、ほんの一瞬ですべてのものを奪っていく災害に遭った気持ちなんて、見当もつかなかった。
「スマホならすぐに調べられるけれど……」
あたしはそう言い、鞄からスマホを取り出した。
記事になっていることなんて、表面上のことだけかもしれない。
それでも、調べる事でイクヤの気持ちが楽になるのなら手伝いたかった。
あたしはゲーム会社の名前を入力し、サイトを表示させた。
音声読み上げ機能を使えば、イクヤにも記事の内容が伝わる。
会社が設立された日。
社長の名前。
最初に発売されたゲーム。
発売本数。
従業員の人数に、資産金額……。
おおよそ、今回の事件に無関係なことばかりが書かれている。
しかし、イクヤはその1つ1つに真剣な表情で聞き入っていた。
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そして、記事は10年前の災害にうつる。
《大きな台風が起こり、山沿いにある○○地区はほとんどの家屋が水害に遭った。
その中でも一際大きかったのがゲーム会社とされている……》
「どうして、ゲーム会社だけ被害が大きかったんだ?」
「このページには当時の写真も載せられているんだけど、少人数のゲーム会社は平屋だったの。土砂の場合は2階へ逃げるように言われているけれど、この会社に2階はなかった。それに、他の民家と比べても山に近いところに建てられていたみたい」
あたしは当時の写真を確認してイクヤに説明した。
しかし、イクヤはまだ難しそうな顔をしている。
「避難勧告を無視して、仕事をしてたってことか……?」
「そういう時もあるよね。まだ大丈夫だと思って、非難を送らせて被害に遭うの」
「それは、そうだけど……」
イクヤは納得いかない様子だ。
「ここに書かれていないなにかがあるとしても、ゲームは先生が供養してくれたんだよ? 心配しなくても大丈夫だから」
あたしはイクヤの手を握りしめてそう言った。
あんな目に遭ったのだから、簡単に安心なんてできない。
あたしもイクヤも、夜になるとあの悪夢にうなされる毎日が続いていた。
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