第21話

涙は絶え間なく溢れ出すけれど、言葉はなかなか出てこない。



イクヤへの気持ちが、痛いほどに胸に詰まっているというのに。



「早くしろよ。残り30分だぞ」



カズヤに言われて画面を確認すると、カウントダウンは半分以上減っていた。



こうしている間にも、イクヤの死が近づいているのだ。



「殺していいって言ってんだから、さっさと殺せよ」



カズヤはイクヤの前に立ってそう言い放った。



「俺は誰も殺さない!」



カズヤが近くにいることを気配で感じているのだろう、カズヤが立っている方へ顔を向けて言った。



「よく考えろよイクヤ。お前が死んでこの女が生き残ったら、その時俺はこいつを利用するぞ? ミッションに使うだけじゃない。ここは誰も出入りできない密室だ」



カズヤの言おうとしていることを理解して、吐き気を感じた。



こんな時に、よくそんな想像ができるものだ。



「カズヤは……ユウに死んでほしいのか」



イクヤが震える声でそう聞いた。



「別に。ただ、ミッションをクリアしたいなら俺は手伝う」



カズヤはそう言いながらイクヤの前髪を鷲掴みにし、顔を近づけた。



「お前1人じゃどうせ殺せないだろ?」



そう言った次の瞬間、イクヤが奇声を上げてカズヤの体を突き飛ばしていた。



不意を突かれたカズヤは体のバランスを崩し、後方に倒れ込んでしまった。



「くそっ! くそっ!」



イクヤは悲鳴に近い声を上げながらカズヤの上に馬乗りになった。



「なにすんだよ!」



イクヤは何度も何度も繰り返しカズヤを殴りつけた。



見えない目で、必死になって。



しかし、イクヤとカズヤでは元々体格差があり過ぎた。



カズヤはイクヤの腕を掴んでねじ伏せようとしている。



その時だった。



あたしの視界に金槌が入って来た。



何度も使った金槌には血がこびりついている。



ゴクリと唾を飲み込んで、あたしはその金槌を手に取った。



カズヤの形勢は逆転し、イクヤの体を床に押し付けていた。



拳を握りしめて今にもイクヤに殴り掛かりそうだ。



「ナメやがって……」



カズヤの顔が怒りで真っ赤に染まったその瞬間、あたしはイクヤの手元に届くように金槌を滑らせた。



「受け取って!」



そう叫んだ時、イクヤの手に金槌の柄がぶつかった。



まるで条件反射のようにそれを握りしめるイクヤ。



カズヤの拳が振り上げられ、イクヤの顔面めがけて振り下ろされようとしている。



しかし、一瞬だけイクヤの方が早かった。



握りしめられた金槌は、カズヤの後頭部を打ちつけていたのだ。



「ぐっ!」



カズヤは低い唸り声をあげ、イクヤに覆いかぶさるように倒れ込んだ。



イクヤはカズヤの下から這い出し、続けざまに金槌を振り下ろした。



それはカズヤの背中に当たり、ボキッと骨が折れる音が響いた。



それはカズヤの腕に当たり、妙な方向に折れ曲がった。



そしてそれはカズヤの後頭部に当たり……グシャッと何かが破損する音が聞こえてきて、カズヤは動きを止めたのだった。



「痛い?」



「大丈夫だよ」



あたしはイクヤの背中の傷に布を押し当てていた。



少しずつ出血量は減っている。



それを見て安堵すると同時に、画面上のカウントダウンが気になった。



イクヤはミッションをクリアし、カズヤのキャラクターが減った。



そのため、次にサイコロを振るのはあたしの番だったのだ。



「後、どのくらい時間が残ってる?」



イクヤにそう聞かれて「20分」と、返事をした。



「本当に、良いのか?」



「うん……。もう、いいの」



カズヤが死んでイクヤと2人だけになり、あたしは決心したのだ。



もう、ゲームはやらない。



サイコロはもう二度と振らないと。



あたしはイクヤの手を握りしめた。



さっきよりも体温が低下しているように感じられ、たまらなくなって抱きしめた。



「ユウ……?」



「ごめんね。最後だから、こうしていたいの」



そう言うと、イクヤがあたしの頭を優しく撫でてくれた。



あたしはそっと目を閉じる。



これほどイクヤと密着したことなんてなかったから、自然と心臓がドキドキしてくる。



「ユウ、もしかして緊張してる?」



そう聞かれて、あたしは「そりゃあ……ちょっとはね」と、曖昧に返事をした。



今までここで残酷なゲームが行われていたなんて思えないほど、今は穏やかな気持ちだった。



「俺も、緊張してる」



イクヤはそう言って笑ったので、あたしもつられて笑った。



最後にこんな風に笑顔を見ることができるなんて思ってもいなかった。



「ユウ」



「何?」



イクヤから何度『ユウ』と呼ばれても、それは心地よく耳に響いた。



「俺、今目が見えないから」



「うん……」



「だから、申し訳ないんだけど、俺からキスはできないんだ」



そう言われ、あたしは一瞬目を見開いた。



「それって……?」



「ずっと、ユウのことが好きだったよ」



その言葉の意味を理解すると、イクヤの言葉が胸に溢れた。



イクヤからの『好き』の2文字を、あたしはずっとずっと待っていたのだと気が付いた。



ここに閉じ込められてから初めて、恐怖や絶望以外の涙が出た。



「あたしも、ずっとずっと、イクヤのことが好きだったよ……」



あたしはそう言い、イクヤの唇にそっとキスをしたのだった……。


☆☆☆


唇を離した時、カウントダウンは10秒前になっていた。



それでも心はとても満たされていて、今までにない幸福感を覚えていた。



あたしはイクヤの胸に自分の頭を預けて、そっと目を閉じた……。



「誰かここにいるんだろ!?」



突然、そんな声と共にドアを激しくノックする音が聞こえてきてあたしは目を開けた。



「今の、先生の声か……?」



イクヤが戸惑ったように首を動かす。



確かに、ゲーム研究会の顧問の先生の声に似ていたけれど、こんなところに来てくれるわけがない。



ここは学校ではない、別世界なのだから。



そう思った時だった。



バンッ! と言う音と共にドアが大きく開かれていたのだ。



「お前ら大丈夫か!?」



額に汗を滲ませた先生が姿を見せた瞬間、あたしは唖然としていた。

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