第20話
ここでミッションに失敗したら、あたしは死んでしまう。
そう思った時、チクリとした痛みを足先に感じた。
イクヤに抱きしめられていて確認することはできないけれど、噛まれたのかもしれない。
「イクヤ、お願い離して……」
力のない声でそう言った時、あれだけ群がっていたゴキブリがゾロゾロと物陰へ移動しはじめたのだ。
「ミッションクリアだ」
カズヤが画面を確認してそう言った。
ゴキブリたちは一斉にいなくなり、倉庫の中は元通り静寂に包まれたのだった……。
☆☆☆
イクヤの体を支え、壁にもたれさせた。
「こんなに傷だらけになって……本当にごめんね」
イクヤの体はゴキブリに噛まれてあちこちから出血している。
肉を引きちぎられた痕が痛々しかった。
「大丈夫だよ……まだ、なんとか生きてるから」
イクヤは顔をしかめながら冗談めかして答えた。
あたしは傷の1つ1つに布を押し当てて血をぬぐっていく。
今のあたしにできることなんて、これくらいだ。
「悪いけど、次のカウントダウンが始まってるぞ」
カズヤに言われてあたしは画面を確認した。
確かに、次のサイコロを振るためのカウントダウンが始まっている。
どんなことが起こっても、このゲームは終わらない。
プレイヤーが死んでゲームオーバーになるまで、続いていくのだ。
「次はイクヤの番だよ。どうする?」
あたしがイクヤへ向けてそう聞くと、カズヤが鼻で笑った。
「どうするってどういう意味だよ。そいつが死んでもいいのか?」
あたしはそんなカズヤを睨み付ける。
死んで良いなんて言ってない。
ただ、これ以上続けたいかどうかを訊ねたのだ。
イクヤはすでに両目を失っているから、ミッションの内容によっては実行できないかもしれない。
そうなると、サイコロを振る意味だってなくなるのだ。
「……やるよ」
イクヤが、あたしの手を握りしめてそう言った。
その手は血で真っ赤に染まっていて、異常なほどの冷たさを感じた。
出血量が多すぎるのかもしれない。
「本当に大丈夫?」
「あぁ。俺にコントローラーを握らせてくれ」
そう言われ、あたしはすぐに立ち上がった。
コントローラーをイクヤに握らせ、ボタンの位置を教える。
長年ゲームをしていただけあって、イクヤはすぐにボタンの場所を把握した。
そして出た数は……5。
画面上でイクヤのキャラクターが5マス進む。
ゴールまではまだまだ遠く、とても辿りつけない。
たまにはマスに《ゴールまで進む》なんて、チート的な事が書かれていればいいのに、それもない。
表示された文字を確認したあたしは、大きく息を吐きだして俯いた。
「俺の止まったマスは、なんて書かれてるんだ?」
イクヤに質問されても、すぐには答えられなかった。
制限時間は1時間もある。
それくらい、簡単ではないミッションだったのだ。
「生き残りを1人殺す」
カズヤが冷たい声色でそう言った。
「え?」
イクヤが聞き堪えしたので、カズヤはもう1度同じことを言った。
「それが……俺のミッション?」
「そうだよ。こんなの、無視していいよ」
こんなのクリアできるわけがない。
人を殺すなんて、できるわけがない。
「そっか……」
イクヤは小さな声で呟いて、黙り込んでしまった。
なにか考えているのかもしれないけれど、口元を確認しただけではわからなかった。
あたしはイクヤの体を抱きしめた。
知らず知らず涙があふれて来る。
このミッションはクリアできない。
と、いうことは……イクヤはここで死んでしまうと言うことだ。
カズヤも何も言わず、あたしたちとは離れた場所に座り込んだ。
このミッションについて口出しをする気はないみたいだ。
「なぁ……」
イクヤがなにか思いついたように声をあげた。
「なに?」
「ここで、3人で死ぬっていうのは、ナシかな?」
その提案にあたしは息を飲んだ。
「全員で、死ぬってこと?」
「うん。誰か1人を決めて殺すなんて俺にはできない。でも俺がいなくなった後、この部屋にはカズヤとユウの2人が残ってしまう」
そこまで言ってイクヤは口を閉じた。
カズヤとあたしの2人だけの空間を想像してみる。
どう考えても、あたしにとって不利になるのだ。
これからどんなミッションが出て来るかわからないけれど、その度にターゲットにされる可能性も否定できない。
イクヤは、それを見越して発言してくれているのだ。
「なんでお前のために俺まで死ななきゃいけねぇんだよ」
今まで静かだったカズヤがため息交じりにそう答えた。
「今のミッションで死ぬのはイクヤ1人だけで済むはずだ。それなのに、全員で死ぬわけねぇだろ」
「イクヤが死ぬなんて決まってない!」
あたしは咄嗟にそう言い返していた。
イクヤがミッションをクリアしてくれれば、イクヤは生き残ることができるんだ。
「へぇ? そいつが俺かお前を殺せるとでも思ってんのかよ」
カズヤはそう言って鼻で笑った。
両目を失い、満身創痍になっているイクヤに人殺しなんてできないと思っているのだ。
あたしは一度歯を食いしばり、そしてイクヤへ視線を向けた。
イクヤは今の状況を音だけで判断しようとしていて、少し顔が上に上がっている。
キョロキョロと落ち着きなく周囲を見回していた。
「それなら、あたしを殺せばいい」
そう言ったあたしの声は震えなかった。
本気だった。
イクヤが1人で死んでいくくらいなら、あたしを殺してしまえばよかった。
「ユウ……?」
イクヤの不安そうな声が聞こえて来る。
「大丈夫だよイクヤ。あたしは暴れたり、反撃したりしないから」
あたしは優し声でそう言い、イクヤの手を自分の首へと誘導した。
ここを少し力を込めて握りしめるだけで、あたしは簡単に死ぬ。
好きな人の手によって死んで、好きな人を助けることができるのだ。
これ以上の幸せはなかった。
「なに言ってんだよユウ。そんなこと、できるわけないだろ!?」
イクヤは慌ててあたしの首から手を離した。
「あたしはイクヤに生きててほしい。1秒でも長く、生きていて欲しいんだよ!」
あたしの気持ちはどうすれば伝わるのだろう?
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