第19話

☆☆☆


サイコロを振って出た目は4だった。



なかなか前に進むことができず、苛立ちを感じてしまう。



まだ2ターン目なのに、3人も命を落としてしまったこのゲームで最後まで生き残ることなんてできるんだろうか?



このゲームが終わる頃、あたしたち3人は全員いなくなっているかもしれないのだ。



その可能性のほうが、よほど高かった。



あたしはジッと画面を見つめる。



出て来たミッションは《ゴキブリに食べられること》だった。



それを見た瞬間顔をしかめる。



想像しただけで気持ちが悪くなりそうだ。



「この部屋にゴキブリなんていないでしょ……」



そう呟いて部屋の中を見回した。



沢山の道具が乱雑に置かれているけれど、ゴキブリの姿は見えない。



もしゴキブリがいれば、すでに見かけていたかもしれない。



「今度はなんて書いてあるんだ?」



横になったままのイクヤが声をかけてきた。



相当しんどいはずなのに、まだ意識を保っていたようだ。



イクヤの生きたいという気持ちがそうさせているのかもしれない。



「イクヤ……」



「次はユウの番だったんだろ? 内容は?」



そう聞かれて、あたしは一瞬黙り込んでしまった。



視力を失ってしまったイクヤに、これ以上辛いことを伝えるかどうか悩んだのだ。



「頼むよユウ、教えてくれ。カウントダウンも始まってるんだろ?」



そう言われて、あたしは画面へ視線を戻した。



イクヤの言う通り、カウントダウンはすでに始まっている。



ミッションをクリアする度に時間が減っているから、もう2分くらいしかない。



「……ゴキブリに食べられることだって」



あたしは沈んだ声で答えた。



イクヤがあたしの言葉に動揺したのがわかった。



「ゴキブリって……」



「この部屋にゴキブリなんていない。人間を食べるような狂暴なゴキブリなんて見たこともないよ」



きっと、このミッションは失敗する。



あたしは、ミホとホナミのように……。



そこまで考えて、あたしは頭を切り替えた。



それなら、大好きなイクヤの隣で死にたかった。



最期に気持ちを伝えて死にたかった。



あたしはイクヤの髪にふれ、そっと頭をなでた。



ずっとこうしたいと願っていた。



近い距離で、イクヤに触れたいと……。



「諦めるのは早いみたいだぞ」



カズヤの声に我に返り、あたしは振り向いた。



その瞬間、視界の中に大量のゴキブリが床を這っているのが見えたのだ。



「嘘でしょ……」



あたしは唖然として呟く。



今までゴキブリなんて一匹もいなかったのに……!



しかも、そのゴキブリは普段あたしたちが見ているようなものではなかった。



黒光りする羽にはトゲのようなものが無数に生え、口元には牙が覗いている。



その大きさは人間の手のひらほどもあるのだ。



それはまるで化け物だった。



「どうしたユウ?」



「ゴキブリが……」



あたしはそこまで言って口を閉じた。



無数のゴキブリたちはあたしめがけて走って来るのだ。



途中に立っているカズヤには目もくれず、一目散だ。



逃げようとして立ち上がったところで、イクヤに足首を掴まれた。



「イクヤ手を離して!」



あたしがここにいれば、イクヤにも危害が及んでしまうかもしれない。



「ユウ。ここにいて」



「え……?」



イクヤは壁をたよりにどうにか立ち上がると、あたしの体を抱きしめてきたのだ。



その行動に頭の中は真っ白になってしまった。



イクヤから離れないといけないのに、体が動かない。



「イクヤ……ダメだよ。ゴキブリに襲われちゃうよ!」



手の平ほどもあるゴキブリはあっという間にあたしとイクヤの周りを取り囲んでしまった。



そして、一匹、また一匹を体を這い上がって来る。



怖気が走るような感触にあたしは強く身震いをした。



イクヤにも、この気持ち悪さを伝わっているはずだ。



それでもイクヤはあたしの体を離そうとしなかった。



それどころか、イクヤはあたしの体を押し倒したのだ。



「ちょっとイクヤ、なにするの!?」



イクヤはあたしの上に覆いかぶさり、抱きしめた。



ゴキブリはイクヤの体の上を這いまわり、蠢き始めている。



「いっ!」



途端に声を上げたかと思うと、イクヤの耳の辺りから血が流れ出した。



ゴキブリが噛みついたのだ。



「ダメだよイクヤ! どけて!!」



イクヤがなにをしようとしているのか理解し、あたしは必死にイクヤの体を押しのけようとした。



けれど、イクヤの体はビクともしない。



逃げようとすればするほど、イクヤはあたしをキツク抱きしめてくるのだ。



絶対に離すまいとする力は、あたしではどうにもあらがうことができない。



「俺がいると、きっと邪魔になるから……」



体のあちこちをゴキブリに噛みつかれながらイクヤは言った。



「なに言ってるの……」



イクヤの言葉に思わず涙が溢れだした。



両目を失ったイクアは自分から死を選ぶつもりだ。



少しでも、あたしの役に立ってから……。



「邪魔になんかならないよ! だから今すぐどけて!」

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