第18話

これじゃいくら布を当てたって意味がない。



あたしは焦り、自分の上着を脱いでホナミの胸に押し当てた。



お願い。



出血を止めて!



自分でも誰に祈っているのかわからなかった。



止血している両手がガクガクと震え、ホナミを失ってしまうかもしれないという恐怖が全身を包み込んでいく。



「次のプレイヤーはホナミだ」



カズヤが言う。



あたしは振り向き、カズヤを睨み付けた。



「そんなの……無理に決まってる!」



こんな状態でゲームに参加なんてできるわけがない。



「だけど、カウントダウンは始まってる」



カズヤの言葉にあたしは息を飲んだ。



「嘘……」



「本当だ。見ればいい」



そう言われてあたしは恐る恐る画面を確認した。



右上に、確かにカウントダウンが表示されている。



ゲームは絶対に続けないといけないんだ。



たとえプレイヤーがどんな状況になっていようとも……。



あたしは目を閉じているホナミへ視線を戻した。



「ホナミ。お願い目を覚まして! 次はホナミの番なの。サイコロを振らないと!」



しかし、ホナミは目を開けない。



規則正しかった呼吸も、徐々にゆっくりになっていきているのがわかった。



ホナミに死が近づいてきている。



そう分かった瞬間、パニックになってしまった。



「ホナミ! はやくこっちに来て!」



そう言い、ホナミの体をひきずって画面の前へと移動させる。



ホナミをひきずった床には真っ赤な血がこびりつき、大量の出血量だったことがわかった。



「なにしてんだよ。無理に決まってんだろ!」



カズヤがあたしへ向けて叫ぶ。



同時に気分の悪さが悪化したようで、後ろを向くと激しく嘔吐した。



ホナミの体の一部がボトボトと床に落ちて行く。



「だって、ゲームをしなきゃ! ゲームを!」



ホナミの手にコントローラーを無理矢理握らせる。



後はサイコロを振るだけ!



そう、思ったのに……。



不意に、画面上からホナミのキャラクターが姿を消したのだ。



カウントダウンが途中で止まり《ゲームオーバー》の文字が浮かんでくる。



「え……?」



意味がわからず、あたしはキョトンとして画面を見つめた。



「なんで? カウントダウンはまだ続いてたのに、どうして途中で止まったの!?」



あたしの叫びに、カズヤが近づいて来た。



大きく呼吸をしながら、ホナミの前に座る。



そしてホナミの細い手首に触れた。



「……死んでる」



気が付くと、ゲーム画面の右上には再びカウントダウンが出てきていた。



キャラクターは3人まで減り、次はあたしの番になっていたのだ。



「ほら、早くサイコロを振れよ」



カズヤに促されても、あたしは反応できなかった。



ただ、自分の腕の中で眠るホナミを抱きしめ続けていた。



ミホが死んで、ホナミまで死んだなんて嘘だ。



こんなの現実じゃない。



ただの悪い夢だ。



きっと、目が覚めればみんな元通りで、あたしの火傷だってなかったことになっていて、平和な日常が戻って来るんだ。



まるで廃人のように口の中でブツブツと呟いて目の前の光景を幻覚だと思い込もうとした。



だけど、現実は嫌でもつきつけられる。



「おい! 死にてぇのかよ!!」



カズヤの怒鳴り声と同時に、頬に痛みが走った。



ボーっとして現実逃避していたため、カズヤに叩かれたのだと理解するまで少し時間が必要だった。



徐々に頬のピリピリとした痛みがリアルになってくる。



「いつまでも死体と遊んでんじゃねぇよ」



そう言われた瞬間、悲しみと怒りが湧いて来た。



胸の奥で生まれた感情は制御することもできず、一気に口から吐き出される。



「なによ! もとはと言えばあんたのせいでしょ! あんたがゲームを探すなんて言い出すから!」



あたしは叫びながら立ち上がり、カズヤの胸を叩いた。



「あんたはいつでもそうだった! 同じ仲間なのに、あたしたちのことを見下してバカにして! ミホのことは奴隷みたいに扱ってた!!」



今まで言えなかったこと、我慢してきたことを吐露していく。



叫びながらも涙が零れ、どうしようもない感情が次々と湧き上がって来る。



「ミホはもう死んだ」



冷静なカズヤの言葉にあたしは目を見開いた。



「なんでそんなこと……」



「次はお前かもしれない」



言いかけた言葉は遮られた。



真剣なカズヤの視線。



あたしはグッと言葉を飲み込み、涙をぬぐった。



こんな言い争いをしている場合じゃない。



そんなこと、わかっていた。



「ここから出られたら、絶対にあんたのことを殺してやる」



あたしはカズヤを睨み付け、そう吐き捨てたのだった。

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