第17話

「イクヤ……」



「目が見えている内に、ユウの笑顔が見たい」



痛いのに、苦しいのに、イクヤはそう言って笑った。



そんなことを言われたら、こんな状況で笑顔を見せられたら、もうなにも言えなかった。



あたしはイクヤに言われた通り、笑顔になった、



それはひきつった笑顔で、涙をボロボロこぼしながらの笑顔で、決して綺麗なものじゃなかったと思う。



それでもイクヤはほほ笑んで「可愛いね」そう、言ってくれたんだ……。


☆☆☆


数秒後、イクヤの左目は失われていた。



あたしは自分の制服を引き裂き、イクヤの目の上に巻いた。



それも、すぐに血が滲んできてしまう。



「イクヤ、大丈夫?」



「俺は平気だから」



横たわってそう答えるイクヤの声は弱弱しい。



ホナミもまだ目覚めないし、一刻も早くここから出ないといけない。



考えたくないけれど、2人とも死んでしまうかもしれないのだ。



「次は俺の番だ。サイコロを振るぞ」



すでにモニターの前に座ってコントローラーを手にしているカズヤが声をかけて来た。



「うん」



あたしは頷き、カズヤの隣に立つ。



しかし、出た目の数は1だったのだ。



「なんだよ、くそっ」



カズヤは大きく息を吐きだして舌打ちをする。



こればかりは運もあるから、仕方のないことだった。



カズヤのキャラクターが画面上で動き、1マス目に止まる。



さすがにカズヤも緊張しているようで、何度も手を握りしめたり開いたりを繰り返している。



そして画面に表示されたミッションは……。



《生きている人間の乳房を食べること》



その内容にあたしは口元に手を当てた。



今までは自分自身が傷つく内容だったけれど、今度は違う。



相手を傷つけなければクリアできない内容になっていた。



途端にカズヤが振り向いて視線がぶつかった。



あたしは咄嗟に後ずさりをして逃げる。



今度の制限時間はたったの3分で、カズヤは考えている暇だって与えられていない。

そうなると、狙うのはあたししか……。



そう思った時だった。



カズヤは椅子から立ち上がると、引き出しの中からカッターナイフを取り出したのだ。



「嫌……やめて!」



左右に首を振り、懇願するように言う。



「どうした? 次はなんのミッションなんだ?」



まだ意識のあるイクヤが、弱弱しい声で聞いて来た。



でも、それに答えている余裕はなかった。



この狭い倉庫内で、カズヤから逃げなければならないのだ。



背中に嫌な汗が流れて行くのを感じる。



全身が硬直してしまったように、恐怖で動く事もできない。



こんな中でカズヤに追い詰められたら、絶体絶命だ……!



「安心しろ。お前は狙わない」



カズヤはそう言うと不意に体の向きを変えた。



「え……?」



あたしは大きく呼吸をかえり、カズヤの動向を見守る。



安心させておいて襲ってくるのかもしれないから、油断はできなかった。



しかしあたしの予想に反して、カズヤはホナミへと歩みよったのだ。



あたしはハッとして駆け出していた。



「ダメ!」



ホナミは大切な親友だ。



そんな、親友の体を傷つけるなんて……!



「それじゃ、お前が犠牲になるか?」



振り向いたカズヤにそう言われ、あたしはその場に立ち尽くしてしまった。



カウントダウンはどんどん進んで行く。



自分が犠牲になるのなら、早く決断しなければならない。



でも……。



乳房を食べられるなんて、簡単に決断できるわけがなかった。



あたしは何も言えずにカズヤの行動を見守る。



イクヤがなにか言っているけれど、それも耳に入って来なかった。



カズヤはホナミ制服と下着をはぎ取ると、白い素肌にカッターの刃を押し当てた。



ホナミの綺麗な肌にひと筋の血が流れ出す。



その痛みに反応してか、ホナミがハッと息を飲んで目を開けた。



どうしてこんなタイミングで目覚めてしまうんだろう。



ずっと、眠り続けていればいいのに……。



そう思っても遅い。



目が覚めたホナミは目の前にいるカズヤに混乱し、わけのわからない言葉を口走っている。



その間にもカズヤはホナミの乳房を引き裂いた。



激しい痛みを感じたのだろう、ホナミが悲鳴をあげた。



しかし、出血のため体力を失っているようで、逃げ出すことができない。



一瞬、ホナミと視線がぶつかった。



あたしを見た瞬間驚いた表情を浮かべるホナミ。



あたしは……ホナミから視線をそらせてしまった。



心臓がドクドクと脈打ち、申し訳なさとふがいなさを感じる。



だけど、今あたしにできることなんてなにもなかったんだ。



やがてカズヤはホナミの乳房の一部を切断し終えると、それを口に運んだ。



ホナミは再びキツクめを閉じ、気を失ってしまったようだ。



カズヤは何度もえずき、吐きそうになりながらも肉片を粗食する。



口の周りはあっという間に真っ赤に染まり、それは本物の食人鬼のように見えてあたしは後ずさりをした。



「うっ……げぇ……!」



涙を浮かべて引き取ったすべての乳房を食べ終えたカズヤは、その場に倒れ込んだ。



「くそ! くそ!」



と、何度も悪態をついて床を殴りつけている。



画面を確認すると《クリア》の文字が浮かんでいて、あたしはホッと息を吐きだした。



とりあえずカズヤもミッションをクリアしたんだ。



それを確認した後、あたしはすぐにホナミに駆け寄った。



「ホナミ、大丈夫?」



声をかけても返事はない。



ホナミの上半身は血まみれで、出血はまだ続ていた。



脱がされている制服で、胸元の傷を押さえつける。



思っていたよりも広範囲に乳房は切り取られ、簡単に止血できそうにない。



「頑張ってホナミ。絶対に大丈夫だから」



傷を押さえつける制服はあっという間に血に染まり、ズッシリと重たくなった。

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