第16話

カウントダウンの数字が、また少なくなっている。



今度の制限時間は5分。



たったの5分で、イクヤの眼球を破裂させなければならないのだ。



「……無理だよ」



あたしは振るえる声で言った。



「は?」



カズヤが振り向き、怪訝な顔を浮かべる。



「制限時間、たったの5分だって。それで眼球破裂なんて、無理だよ!」



どれだけの力を加えれば眼球が破裂するのか、見当もつかない。



でも、きっと並大抵の力じゃダメだ。



本当に、イクヤを殺すくらいの気持ちでやらないとこのミッションはクリアできない。



「なにか、道具を見つけよう」



そう言ったのはイクヤだった。



「え……」



「俺は死にたくない。ユウも、手伝ってくれ」



イクヤ本人にそう言われてしまうと、あたしはもう何も言えなくなるのだった……。



残り時間は後3分。



ぼやぼやしている暇はなかった。



あたしたち3人は使えそうな道具を片っ端から探して行った。



ノミ、金槌、釘。



しかし、それらで眼球を破損することはできても、破裂させることができるかどうかわからなかった。



眼球を風船のように割ることが可能な道具なんて、ここにあるのかどうか……。



そう思いながら小さな段ボールの箱を空けた瞬間、あたしは動きを止めていた。



「なにこれ……」



段ボールの中に入れられていた透明な袋を取り出すと、一瞬にして寒気が走った。



「注射器?」



あたしの隣で探し物をしていたイクヤが手を止め、そう聞いて来た。



透明な袋の中身は確かに注射器のように見える。



「なんでこんな所に注射器が……?」



「それ、たぶん先輩のやつだ」



そう言ったのはカズヤだった。



あたしの手から袋を受け取り、中を確認している。



「先輩のやつ?」



あたしはカズヤへ聞き返す。



「あぁ。3年生のちょっとヤバイ先輩でさ、薬物にも手を出してるって噂だったんだ」



カズヤは袋の中から注射器と、そして白い粉の入った小さな袋と取り出した。



「いつでも気持ちよくなれるように隠し持ってるって噂だったけど、まさか本当だったんだな」



ゲームの噂と言い、先輩の噂と言い、カズヤの情報網は広いみたいだ。



でも、今はそんなこと構っている暇はない。



早く使えそうな道具を探さないと……。



「それ、使えるんじゃないか?」



イクヤの言葉にあたしは手を止めた。



見ると、イクヤはカズヤの持っている注射器に興味を示している。



「イクヤ……?」



「注射器を眼球に突き刺して、空気を入れるんだ。そうすれば、破裂させることができるかもしれない」



そう言いながらも、イクヤの声はひどく震えていた。



「やめてよイクヤ。そんな危ない注射器なんて使わずに、もっと探そうよ」



必死に止めようとするけれど、イクヤは画面のカウントダウンを見るように促して来た。



残りはたったの1分しかない。



もう代用品を探している暇はないのだ。



「いいのか?」



カズヤの言葉に、イクヤは大きく頷いたのだった。


☆☆☆


好きな人の眼球に注射針が突き立てられる。



あたしはイクヤが暴れ出さないように、必死で後ろから抱きしめていた。



イクヤの悲鳴が部屋中にこだましているのに、あたしは助けることもできない。



早く!



早く終わらせて!



たった数十秒の出来事が、あたしの中では永遠のように長く感じられた。



これだけイクヤと密着しているのに、トキメキなんて1つも感じられない。



そこにあるのは生き残りたいという信念と、絶望感だけだった。



カズヤがイクヤの眼球に空気を入れれば入れるほど、イクヤの眼球は風船のように膨らんでいく。



それは人間の顔から徐々にかけ離れ、怪物のようになっていく。



そんなイクヤを見ていて、あたしは恐怖を感じてしまった。



イクヤのことが好きなのに。



イクヤは必死で生きようとしているのに。



あたしはグッと下唇を噛みしめて俯いた。



あたし、最低だ。



そう思った瞬間、パンッ! と、本当に風船が割れたような音がして、イクヤの体が跳ねた。



「イクヤ……?」



そっと目を開けると、イクヤの右目は空洞になっていた。



弾けとんだ眼球は血で真っ赤に染まっていて、空洞からも次々と血があふれ出して来る。



今までそこに存在していた大好きなイクヤの顔は、もう無くなっていた。



「なんだよ、なんでカウントダウンが止まらないんだよ!」



カズヤの言葉にハッとして画面を確認した。



カウントダウンはまだ続いていて、残り1分を切っている。



「なんで……!?」



そう言った時、イクヤが大きく息を吸い込んだ。



「眼球は……2つある」



イクヤの、覚悟を決めたような声に心臓が止まるかと思った。



眼球は2つある。



「もう片方も破裂させないといけないのか」



カズヤが苦し気に表情を歪めて言った。



「嘘でしょ……。もういいよ。もう頑張ったじゃん!」



あたしはイクヤにすがりつくようにして叫んだ。



これ以上イクヤを傷つけたくない。



イクヤが苦しんでいる顔を見たくない。



なにより、イクヤから色のある世界を奪いたくなかった。



「やってくれ、カズヤ」



「……いいのか?」



「生き残る方法はそれしかない」



「ダメだよイクヤ!」



止めたって意味はない。



止めることで、イクヤはゲームオーバーとなり死んでしまう。



それでも、言わずにはいられなかった。



バカみたいに泣きじゃくって、イクヤの体を嫌というほど抱きしめる。



「ユウ、ありがとう。俺は大丈夫だから」



イクヤの手があたしの頭に触れて、優しく撫でた。

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