第11話
ガンッ!
金槌の音が、誰かを殴りつけるような音に聞こえた。
ガンッ! ガンッ!
その音が響くたびに、ホナミの体が大きく跳ねる。
それは歯を抜くと言うより、へし折って行くと言った方が正しい行為だった。
カズヤは表に出ている前歯をツギツギにへし折って行く。
その後、歯茎に埋まっている歯根を引き抜こうとした。
しかし、それは容易いことではなかった。
時間はどんどん減って行く。
カズヤの汗がポタポタと落ちて、ホナミの頬を濡らして行った。
「くそっ」
カズヤは舌打ちをすると、再びノミを手に取った。
それをホナミの歯茎に押し当てる。
ホナミの喉から、か細い声が漏れた。
カズヤはそれに耳を貸すことなく、金槌を打ちつける。
ホナミの口の中が一瞬にして赤く染まった。
ホナミの体が今までになく、大きく跳ねる。
悶絶するような、苦し気な声が響いた。
「早く! 時間がない!」
イクヤの声にハッとして画面を確認すると、残り時間は10分を切っていた。
これだけ頑張ったのにタイムリミットになってしまうかもしれない。
そうすると、ホナミは……。
そこまで考えた時、再びガンッ! と金槌を打ちつける音が響いた。
口の端から血があふれ出したが、ホナミは反応を見せなかった。
近づいてみると、完全に目を閉じてしまっている。
「ホナミ!?」
「大丈夫。気絶してるだけだ」
イツキの言葉に、ホナミの胸が上下していることを確認した。
その間にカズヤは次々と歯根まで抜き取って行き、すべての前歯を抜き終えることに成功した。
「間に合った……」
あたしは大きく息を吐きだして呟いた。
カウントダウンは、残り2分のところで止まっていたのだった。
「……クリアしたの?」
あたしはなにも変化のない画面を見つめて呟いた。
カウントダウンは停止していて、ホナミのキャラクターも消えていない。
ジッと画面を見つめていたその時だった。
不意に画面中央に包帯男のキャラクターが現れて《クリア》の文字が表示されたのだ。
「やった、クリアだって!」
飛び跳ねて喜んだのもつかの間、これでホナミが2マス進んだだけなのだという現実を突きつけられて、絶望感が湧いて来た。
ホナミは気絶したまま目を覚まさないし、このままこんなゲームが続けばいつ死んでもおかしくはなかった。
「止血はしたから、目は覚めるはずだ」
今までホナミの治療をしていたイクヤがそう言った。
治療と言っても、ハンカチがティッシュで傷口を塞ぐ程度のものだ。
それでも、血が止まったと言うことで安心した。
「こんなゲーム、最後までできるわけねぇだろ」
カズヤが憤った様子でモニター前に大股で移動する。
その手には、さっき使われた金槌が持たれていて、微かにホナミの血が付いていた。
「ちょっと、何する気?」
「このゲームをぶっ壊す」
「やめなよ!」
咄嗟に、あたしはゲームの前に立ちはだかっていた。
こんなゲーム壊してしまいたくなる気持ちはわかるけれど、プレイできなくなった後どうなるかがわからなかった。
「お前、最後までゲームをやるつもりか? 死ぬぞ?」
カズヤの言葉にひるんでしまいそうになる。
体中がとても寒くて、この場から逃げ出したくなった。
「でも、ゲームを壊しても出られなかったらどうするの?」
「壁をぶち壊して外へ出る」
「そんなこと、できるわけない!」
あたしはカズヤへ向けて叫んでいた。
壁を壊したり、ドアを壊して脱出できるのなら、もうとっくの前にやっていることだった。
それができないから、あたしたちはゲームを進めるしかないんだ。
「出られない上にゲームのクリアもできなくなったら……きっと、全員ここで死ぬ」
あたしの言葉にカズヤが金槌を握りしめる手に力を込めた。
眉間に青筋が立っている。
「俺はこのゲームに勝って外へ出る。そのために、ぶっ壊す!」
そう言って金槌が振り上げられる。
咄嗟に両手で頭を庇い、しゃがみ込んだ。
「やめとけよ、カズヤ」
イクヤの声がして顔を上げると、イクヤがカズヤの手を掴んで制止しているところだ
った。
「このゲームは普通じゃない。ユウの言う通り、壊したら全員死ぬ可能性だってあるだろ」
「だったら、最後までこのゲームに従うつもりか?」
「それしか方法はないだろ」
イクヤはそう言って唇をかみしめた。
誰だって、こんなゲーム叩き壊してしまいたいと思っている。
でも、それはできないんだ。
カズヤはしばらくイクヤのことを睨み付けていたが、やがて諦めたように金槌を床に落とした。
代わりにあたしへ視線を向けて「次はお前の番だぞ」と言った。
カズヤ向けて頷き、あたしはコントロ-ラーを握りしめた。
画面右上にはサイコロを振るまでのカウントダウンが出てきている。
あたしは大きく息を吸い込み、画面を睨み付けた。
できれば6が出て欲しい。
もし1だったどうしよう。
そんな不安から、呼吸が浅くなってくるのを感じた。
でも、やるしかないんだ。
覚悟を決めたその時だった。
画面の上部になにか英語のような文字が書かれていることに気が付いた。
「なにこれ……」
そう呟き、画面にグッと顔を近づけた。
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