第10話

「あぁ。でも今回は……30分だ」



カズヤがそう呟き、唾を飲み込む音が聞こえて来た。



ホナミは相変わらず泣きじゃくっている。



30分で、ホナミの前歯を全部抜く……?



想像しただけで体中が冷たくなった。



そんなこと、できるハズがない。



それに、ここに前歯を抜くような道具があるとは思えなかった。



「いやぁ……死にたくない……死にたくないよぉ……!」



ホナミは涙とヨダレで顔をグチャグチャに濡らして叫ぶ。



綺麗なホナミは、今はもうどこにもいなかった。



本当に、このカウントダウンが終ればホナミも死んでしまうんだろうか?



ミホと同じように……?



そう考えた瞬間強烈な吐き気を感じ、あたしは倉庫の隅へと走った。



なにが入っているのかわからない袋を開け、その場に嘔吐してしまう。



昼ご飯を食べてから随分時間が経っているから、胃の中はほとんど空になっていたのは幸いだった。



「おい! 床に吐けよ!」



カズヤにそう言われ、あたしは口元をぬぐって振り向いた。



カズヤたち男子は倉庫内を探し回っている。



「ちょっと……なにを探してるの?」



嫌な予感がしてそう聞いた。



「前歯を抜くための道具だよ。なにか、使えるものがあるかもしれないだろ」



イツキがそう答えたので、あたしは唖然としてしまった。



「なに考えてるの? まさか、本当にやるつもり?」



「やるしかないだろ。死にたくないならな」



イツキは答えながらも手を止めない。



その額には汗が滲んで浮かんできていた。



みんな、本気なんだ。



本気でホナミの前歯を抜こうとしている。



「嫌……嫌……」



ホナミの呟きが聞こえてきて、慌てて1人で震えているホナミの元へ駆け寄った。



「大丈夫だよホナミ。きっと、助かるから」



そう言ってホナミの体を抱きしめた。



カウントダウンは相変わらず続いていて、止まる気配がない。



あたしはもう1度、ゲームのリセットボタンを押した。



しかし、何度やってみても事態は変化しない。



徐々に包帯男がこちらを見てあざ笑っているように感じられてきて、あたしは画面から視線を離した。



その時だった。



「これ、使えるんじゃないか?」



そんなカズヤの声が聞こえてきて、ホナミが大きく息を飲んだ。



カズヤが手に持っていたのは金槌とノミだったのだ。



芸術コースの生徒たちが使うそれは、あたしたちとは無縁の道具だ。



「嫌だ! やめて!」



咄嗟にホナミが立ち上がり、ドアへと走った。



しかし、そこもドアは頑丈に締め切られてしまっている。



男子たちの力で破壊することもできなかったのだから、ホナミの力でどうこうなるはずがなかった。



「やめて! そんなもの、持ってこないで!」



「別に、俺はやめても構わなねぇよ。その代わり死ぬのは自分だ」



カズヤがホナミの前に立ち、そう言った。



ホナミはボロボロと涙をこぼしながらその場に座り込んでしまった。



「どうする? 自分で決めろよ」



カズヤは突き放すように言うが、確かにそれはあたしたちが決められる事じゃなかった。



「もう……死なないかもしれないじゃん」



涙に濡れた声でホナミが言う。



「最初だけで、次はもう死なないかもしれない!」



それはただの願望だった。



今まで散々ゲームをしてきたあたしたちなら、もう気が付いているはずだ。



よほどのチートが行われない限り、ゲームのルールは変更されないということを。



「それを信じるなら、俺たちはもう手助けしない」



カズヤはそう言い、金槌とノミと床に落とした。



重たい音が倉庫中に響き渡る。



緊迫する空気の中、あたしはカウントダウンを確認した。



残り20分になっている。



前歯を全部抜くのにどのくらい時間がかかるだろうか?



20分あれば、まだ間に合うと思うけれど……。



「ホナミ……本当に、それでいいの?」



あたしはしゃがみ込み、ホナミにそう聞いた。



ホナミは小刻みに震えながらあたしを見る。



その目からは、まだ絶え間なく涙が零れだしていた。



「だって……」



そう言い、言葉を切って子供のようにしゃくり上げるホナミ。



「ねぇホナミ。もう気が付いてるんでしょ? このゲームのルールは覆らない。チートなんて、あり得ないってこと」



あたしの言葉に、ホナミは更に表情を歪めた。



「死にたくないなら、やるしかないよ」



残酷だけれど、あたしもホナミに死んでほしくなんてない。



前歯を抜けば、生き抜くことができるんだから。



「うぅ……ぅぅぅああああああ!!」



ホナミは自分自身と葛藤するように唸り声を上げ、床を殴りつけた。



何度も何度も繰り返し殴りつけ、最後には自分の頭を殴りつけはじめた。



叫び、泣き、唸り、そしてホナミはカズヤを見上げた。



「死にたくない……」



その言葉を合図にしてカズヤは床に落とした金槌とノミを拾い上げた。



イツキとイクヤの2人がホナミの体を床に押さえつけ、固定する。



「イヤアアアア! 誰か!! 誰か!!」



ホナミの悲痛な叫びに目を背け、耳を塞ぎたくなった。



でも、次はあたしの番なんだ。



目を逸らしていては乗り越えられない。



イクヤはホナミの口にハンカチをねじ込み、ホナミの声はくぐもって行った。



強制的に口を開かされた状態のホナミは、懸命に左右に首を振ってイヤイヤと繰り返す。



しかし、カズヤは容赦なかった。



金槌をホナミの眼前へかざすと「動いてると余計な部分に傷がつくぞ」と、脅したのだ。



その言葉でホナミの動きは大人しくなる。



ヒクヒクと喉を鳴らす音が微かに聞こえる中……カズヤはホナミの前歯にノミを押し当てた。

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