第9話

ミホはあたしの手を握り返して来た。



それよりも、今は徐々に酸素が薄くなって行く倉庫内の方が心配だった。



どこからか空気の出入りはあると思うけれど、6人も閉じ込められているから徐々に薄くなって行っても不思議じゃなかった。



「ちょっと、試してみるか?」



カウントダウンが2分前になったとき、カズヤがミホの前に立ってそう言った。



「え……?」



そう聞き返すミホの声がわずかに震えた。



カズヤがなにをしようとしているのか、瞬時に理解したのだろう。



あたしはミホの体を隠すように前に出た。



「なにバカなこと言ってるの? まさか、ゲームのことを本気にしたワケじゃないんでしょ?」



カズヤを睨み付けてそう言うと「どうかな?」と、カズヤは口角を上げて笑った。



「ゲームじゃなくても、今ここで何をしたって誰も助けには来ない。こんなにチャンスなことはないだろ?」



そう言って舌なめずりをする。



いやらしい顔になるカズヤに吐き気が込み上げて来た。



「冗談でもそんなこと言うなよ」



威圧的な声で言ったのはイクヤだった。



イクヤがカズヤの後ろに立ち、その腕をきつく掴んだ。



「この状況でなにもしないなんて、お前それでも男か?」



カズヤがバカにしたような声色で言う。



しかし、イツキもイクヤの意見に賛同した。



「もしなにをしてもいいんだとしたら、俺は真っ先にカズヤを殺す」



イツキの言葉に、カズヤはさすがに黙り込んでしまった。



監禁状態の中での冗談は、冗談にならない。



「あ、カウントダウンが……」



画面を見ていたホナミが小さな声で言う。



「え?」



振り向いて画面を確認しようとした次の瞬間、あたしの後ろでパンッ! と音がして、視界が真っ赤に染まっていた。


なにが起こったのか、全く理解できなかった。



真っ赤に染まった壁と床に言葉が出なくなる。



そこには確かにミホがいたはずなのに、ミホの姿はどこにもなかった。



代わりに、床には肉片のようなものがあちこちに散らばっり、あたしの腕や髪にもそれらがベッタリと張り付いていたのだ。



「イヤアアアア!!」



ホナミの悲鳴でようやく我に返った。



「キャアアア!」



悲鳴を上げ、その場から飛びのく。



体についた赤い血はまだ暖かく、まるで頭から毛布をかけられているような感覚だった。



「嘘だろ……」



呆然と立ち尽くすカズヤの頬にも、血が飛び散っていた。



「ミホが……ミホが!!」



あたしは叫び声を上げ、体についた肉片を必死で取り除いていく。



これがミホの体のどの部分だったのかわからないくらい、破損は激しかった。



「誰か!! 誰か助けてくれ!!」



イツキとイクヤの2人が小窓へ近づき、声を張り上げる。



しかし、外に人の気配はなく、どれだけ殴りつけても窓は割れない。



《クリア失敗。制裁を行いました》



その機械的な声に全員動きを止め、そして視線をモニターへと移動させた。



そこには画面いっぱいの包帯男がいて、《クリア失敗。制裁を行いました》と、繰り返したのだった……。


☆☆☆


《危険なゲーム》の噂は本当だった。



それはただのホラーゲームでも、年齢指定のゲームでもない……。



命を落とすかもしれないゲームだった。



どうにかミホの血を体から拭き取ったあたしは、その場に座り込んでいた。



ホナミたちが雑巾を探して床も綺麗にしてくれたけれど、血の臭いが鼻腔にこびりついて離れない。



「どうして誰も助けに来てくれないの……」



ホナミが涙をぬぐいながら言った。



さっきから繰り返し叫び声を上げたり、騒音を立てたりしているのに誰1人として来てくれないのだ。



まるで、この倉庫だけ別空間に存在しているような感じがする。



「なぁ、ゲームどうするんだよ」



イツキの言葉にあたしは画面へ視線を向けた。



いつの間にかミホのキャラクターは消えていて、残り5人になっている。



「やるわけないだろ」



イクヤが声を震わせて言った。



その目には涙が浮かび、声も変わっている。



「でも、これ見ろよ」



イツキは画面上を指さして言った。



右上の包帯男の下に、さっきと同じようなカウントダウンが出ているのだ。



それは1秒ずつ確実に減って行っている。



「なんで? サイコロは振ってないのに!」



そう叫んだのはホナミだった。



次はホナミの番だったはずだ。



「……もしかして、サイコロを振るためのカウントダウンなんじゃない?」



あたしは画面に近づいてそう呟いた。



「なにそれ。絶対にゲームを進めろってこと?」



「わからないけど、それしか考えられえないでしょ?」



ミホはすでにゲームを失敗している。



それなら、このカウントダウンはサイコロを振るためのカウントダウンだと解釈するのが、一般的だと思えた。



「カウントダウンを無視したら、あたしもミホと同じようになる……?」



そう聞かれて、あたしは言葉を失ってしまった



そうかもしれない。



ミホと同じように、なんの前触れもなく粉々に砕け散ってしまうかもしれない。



そう思うと、全身が恐怖に震えた。



カウントダウンは残り3分ほどになっている。



「ユウ……あたしどうしよう」



ホナミがあたしの手を痛いほど握りしめて来る。



「死にたくないなら、振るしかないだろ」



そう言ったのはカズヤだった。



あたしは振り向かずに、頷いた。



ここはカズヤの言う通りだった。



マスにどんなことが書かれれているかわからないけれど、今死ぬのが嫌なら、やるしかない。



「ホナミ……」



あたしはそっとホナミの手を離しその手にコントローラーを握らせた。



ホナミは震えていて、コントローラーを取り落としそうになっている。



「頑張って、ホナミ!」



ホナミはひきつった表情で画面を見つめ、そしてサイコロを振ったのだった……。



出た目の数は2だった。



その瞬間、ホナミは大きく息を吐きだした。



こんなゲームさっさとクリアしたい。



けれど、サイコロで6を出すのは簡単じゃなさそうだ。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで画面を見つめた。



ホナミの選んだキャラクターが2マス移動する。



そして、マスに書かれた文字が表示された。



《前歯を全部抜く》



その文字を読んだ瞬間、ホナミがその場に泣き崩れた。



「ホナミ!」



慌てて抱き起そうとするが、ホナミは大声を上げて泣きじゃくり言うことを聞かない。



「また、カウントダウンだ」



カズヤの声が聞こえて画面を見ると、ミホの時と同じように包帯男の下に数字が出ていた。



でも、それは……。



「なんで? ミホの時は1時間だったんでしょ?」



あたしは混乱して誰とはなしにそう声をかけた。

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