第8話

さっきまでの余裕は消え去り、次第に焦ってくる。



背中に汗が流れて呼吸が苦しくなってくるのを感じた。



「ちょっと貸してみろ」



イクヤにそう言われてその場をどけるが、イクヤやイツキがドアを開けようとしてもダメだった。



「なんだよこれ! 本当にドアが開かない!」



イクヤは何度もドアを殴りつけているが、今日は水曜日なので部員は誰もいない。



あたしたちに気が付く人は、誰もいない。



途端に全身がスーッと冷たくなっていった。



見たくないと思いながら、視線がモニターへ向かう。



右上の包帯男と視線がぶつかり、その目元が奇妙に歪んだように見えた。



そう、それはまるで今のあたしたちを見て笑っているような……。



「どけろ!」



そんな声がして振り向くと、カズヤがドアへ向けて椅子を振り下ろすところだった。



ガンッ! と、大きな音が倉庫中に響き渡り、思わず両手で耳を塞いでいた。



「もう一回だ!」



イクヤの声の後、再び騒音が響き渡る。



「なんで、全然壊れねぇんだよ……」



何度か同じ作業を繰り返したカズヤが、肩で息をしながらそう言った。



倉庫のドアは木製で、そんなに頑丈想には見えない。



でも、傷1つついていないのだ。



「ちょっと、先生に連絡してみる」



そう言ってスマホを取り出したのはミホだった、



そうだ。



学校に電話して先生に連絡すれば助けてもらえる。



多少怒られるかもしれないけれど、このまま倉庫で1日過ごすよりはマシだった。



「あれ? 電波がない。ここって圏外だっけ?」



ミホが慌てた様子で言って倉庫内を歩き回って電波を探し始めた。



あたしもすぐにスマホを取り出して確認する。



ミホが言っている通り、圏外だ。



「なんだよ、これじゃ外に連絡もできない」



イツキが呟くように言って、大きく息を吐きだした。



「完全に閉じ込められたよね。明日の朝になるまで誰も来ないかも」



ホナミは苛立った様子で、カズヤを睨み付けながら言う。



「なんだよ、俺のせいだって言いたいのか?」



「元々ゲームを探そうって言い出したのはあんたでしょ?」



「お前だって少しは興味があったんじゃねぇのかよ。ノコノコついて来たんだからよぉ!」



「ちょっと、2人ともやめなよ!」



こんな狭い空間で喧嘩なんてされたら、空気は悪くなる一方だ。



外には出られない。



連絡も取れない。



次の方法をみんなで考えなきゃいけない時なのに。



「なぁ、これってカウントダウンじゃないか?」



モニターを見つめていたイクヤが気が付いたように声をかけてきた。



「カウントダウン……?」



全員がモニターの前へと移動する。



包帯男の下に数字が表示されていて、それが1つずつ減っているのがわかった。



「これって、ミッションクリアまでのカウントダウンとかかな?」



イクヤが首を傾げて言った。



「たぶんそうだよね。でも、ゲームは動かないしどうすればいいかわからないよね」



あたしは同意しながらも首を傾げる。



もう1度コントローラーをいじってみたけれど、どのボタンにもキャラクターは反応しない。



「そんなことより、今は外に出る方法を探さないといけないだろ?」



後ろにいたイツキがそう声をかけてきた。



「なぁ。このゲームを起動してからドアは開かなくなったよな? スマホの電波も、普段なら学校内はどこでも使えてた」



イクヤが冷静な口調で説明をしている。



薄々感じていた嫌な予感が、イクヤの説明によって現実になっていく気がした。



「このゲームが原因だって言いたいのか?」



イツキの質問に、イクヤは「そうかもしれない」と、呟いた。



「じゃあ、ゲームをクリアすればいいだけだな」



カズヤが軽い調子でそう言って、画面を見つめる。



「クリアって言っても、キャラクターは動かない。完全にバグってるんだよ?」



ホナミがカズヤの言葉に反発して言う。



そう、ゲームは壊れている。



だけどカウントダウンだけは進んで行く。



「カウントダウンがゼロになったら、どうなるんだろう?」



あたしはポツリと呟いた。



ただ気になっただけだ。



1秒ずつ減っている数字を見て、マスのミッションをクリアできなかったときのことを考えただけだ。



その言葉を引き金にしたように、全員が黙り込んでしまった。



さっきまで以上に暗く、息苦しい空間に放り出されたような気分になる。



「これさ、マスに書いてある通りのことを、本人がやらなきゃいけないゲームじゃないよね?」



不意に、ホナミがそう言った。



決して大きな声じゃなかったのに、倉庫中にこだまするように響き渡る。



「もし、そうだとしたら……?」



イクヤが呟くように言って、画面の文字へ視線を向けた。



《一番嫌いな異性とエッチする》



全員の視線がミホへ向かった。



この中でミホが嫌いな人物なんて、考えなくてもわかった。



……カズヤだ。



「くだらねぇ」



カズヤは吐き捨てるようにそう言い、壁際へ歩いて行くと膝を立てて座り込んでそのまま目を閉じてしまったのだった。



カウントダウン、ゼロ


それから静かな時間だけが過ぎて行った。



相変わらず外へ出ることも、連絡を入れることもできないまま、体力だけが消耗されていく。



床に座り込んだり、先生の椅子に座って突っ伏したりしたまま40分以上が経過していた。



動いているのは画面上のカウントダウンだけで、残り5分になっていた。



「あれから55分は経ったんだね」



あたしの隣に座っていたホナミが呟いた。



「え?」



「カウントダウン残り5分でしょ? 最初は1時間だった」



そうだっけ。



ちゃんと見ていなかったから覚えていなかった。



「カウントダウンが終ったらどうなるんだろう」



少し離れて座っていたミホが、不安そうな声を出す。



「大丈夫だよミホ。ただのゲームなんだから」



あたしはミホの隣に移動して、その手を握りしめた。



女のあたしでもミホの手は小さくて細いと感じられて、守ってあげたくなる。

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