第2話
すると先生は嬉しそうに目じりにシワを作り、ゲームソフトを近くの机に置いて近づいて来た。
「そうか。新入生か」
そう言ってカズヤを見上げて「やけに大きいね」と、笑った。
カズヤの身長は先生より10センチほど高い。
「君は柔道とか、スポーツの方が似合いそうだけど」
「キックボクシングをしてます。でも、この学校にはキックボクシング部はないですよね? それなら、ゲーム研究会が一番合うと思って」
カズヤはそう言って笑った。
一応、初めて会話する先生に向けての態度は気を付けているようで、内心安心した。
「あぁ。そうなのか。けど、このゲーム研究会は好きな時に来て好きなゲームをするだけの部活なんだ。それ以外の活動はあまりしていない」
先生はあたしたちを眺めるようにしてそう言った。
「好きなゲームを好きなだけできるなんて、最高じゃん」
そう言ったのはイクヤだった。
あたしも、イクヤの意見に同感だった。
「ゲーム大会に参加するわけでもないし、つまらないかもしれないけど、それでもいいなら入部するといいよ。ちなみに、毎週水曜日……明日だな。明日は部活は休みの日だから」
先生は説明をしながら近くのモニターを起動し、ゲーム画面を表示させた。
「すごい! これって30年前に発売されたソフトじゃないですか!?」
すぐにくいついたのは古いテレビゲームが大好きなイツキだった。
最近では古いゲームもスマホ版が出たりしているけれど、人気がないソフトをプレイするのは難しくなっている。
イツキは目を輝かせて画面を見つめていた。
「よく知ってるね。今日は体験で好きなだけゲームをしていくといいよ」
先生はそう言うと、両手にゲームソフトを抱えて部室を後にしたのだった。
それから部員の人たちが何人か来て、ゲームを教えてもらいながら何本かプレイしてみた。
現代とは違って無料でプレイできるゲームはほとんどないかったから、昔は一本のソフトを何か月も、時には何年もかけて遊んでいたらしい。
「ゲームは最後までちゃんとクリアする。ゲームにはちゃんと終わりがある。それが、昔のゲームだよ」
画面が白黒で表示されている、小さなゲーム機を操りながら、先輩はそう言った。
何度もアップデートされ、いつまでも遊べるゲームももちろん楽しい。
しかし、終わりがあるゲームも達成感があっていい。
あたしはどちらも好きだった。
あたしたち6人は思い思いにゲームをして遊んで、気が付くと窓の外が暗く鳴り始めていた。
10人ほどいた先輩たちも、いつの間にかみんな帰ってしまっている。
「そろそろ帰らないと」
あたしはモニターの電源を切って大きく伸びをした。
こんなに思う存分ゲームをしたのは久しぶりのことだったから、満足感が体を支配している。
「そうだね。ここ遊園地みたいで楽しいね!」
ミホが頬を高揚させてそう言った。
ゲームだらけの部屋を遊園地と比喩するなんて、まるで色気がない。
でも、それはあたしも同じだった。
「部室の鍵、かけといてって言われて預かったよ」
そう言って銀色の鍵を見せて来たのはイツキだった。
ゲームに熱中している間に、先輩に託されたみたいだ。
「まだ体験入部なのに施錠を任されるなんて、イツキやるな」
イクヤがイツキの背中を叩いて笑った。
あたしたちが熱中しすぎていたから、先輩たちに気を使わせてしまったのかもしれない。
「良いこと考えた!」
途端に大きな声で言ってイツキから鍵を奪い取ったのはカズヤだった。
「良い事ってなに?」
質問をしながらも、カズヤの考えることに良い事があったためしがないと気が付いていた。
どうせまた、くだらないことなんだろう。
「この鍵のスペアを作るんだ。そうすれば水曜日でもゲームができる」
カズヤの持っている鍵が蛍光灯に照らされてキラキラと輝いて見えた。
毎日ゲームができれば、そりゃあ楽しいけれど……。
思わずカズヤの意見に流されてしまいそうになり、あたしは左右に首を振った。
「……ダメだよ。そんなことしちゃあ」
反対意見を言ってみたけれど、自分の声が信じられないくらい小さくなっていた。
それくらい、カズヤの考えは理想的だった。
だって、この部屋にはあたしたちが知らないゲームや遊び道具が溢れている。
毎日部活に参加してプレイしても、卒業までに制覇することはできないだろう。
そう考えると、鍵のスペアは喉から手が出るほどに欲しかった。
「別に、お前らに貸してやるなんて言ってない。俺が1人でスペアを作って、俺が1人で使うんだ」
カズヤの言葉にあたしとイクヤは目を見交わせた。
口出しできないように言ったのだろうが、ただの我儘にしか聞こえない。
「じゃ、お前らはここで待っててくれ。すぐにスペアを作ってくるからな」
止める暇もなく、カズヤは鍵を持って部室を出て行ってしまったのだった。
結局、あたしたちはカズヤが戻って来るまで部室で待つハメになってしまった。
部室の鍵を持っていかれているので、帰るわけにもいかない。
「カズヤの性格ってどうにかならないのかな」
窓の外を見つめながら、ホナミが呟いた。
「今さら変えられないんでしょ」
あたしはため息交じりに答える。
カズヤの傲慢さは中学時代から変わっていない。
高校に上がれば少し落ち着くかと思ったが、キックボクシングの大会で成績を残すようになってから、我儘に磨きがかかったように感じられる。
1つの世界で有名になったからと言って、なにをしても許されるわけじゃないのに、カズヤはまだ自分の力にのぼせているようだ。
それから1時間ほど経過した時ようやくカズヤが戻って来て、あたしたちは帰れることになったのだった。
☆☆☆
「ねぇ、昨日のスペアキー、やっぱりヤバイんじゃない?」
教室へ入ったところでホナミが駆け寄って来て耳打ちをしてきた。
「カズヤが1人でやったことなんだから、ほっとけばいいよ」
正直、これ以上カズヤの我儘に付き合わされるのはごめんだった。
大人しいミホを奴隷みたいにこき使うし、あたしたちのことだって見下しているのがバレバレだ。
「あたしだって嫌だけど、スペアキーがあるのを知ってて黙ってたら余計に立場が悪くなるでしょ」
「それはそうだけど……」
すぐに顧問の先生に伝えるのが一番いいし、ホナミもそうしようと言っているのだろう。
でも、カズヤにバレたら余計に面倒くさいことになってしまう。
昨日カズヤは自分で『俺が1人でスペアを作って、俺が1人で使うんだ』と、公言していた。
あたしたちはそれに従って知らないフリをするのがいい。
「おーい、カズヤが今日ゲーム研究会に行こうって言ってるんだけど、行くだろ?」
最悪のタイミングでイツキが声をかけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます