人間サイコロ
西羽咲 花月
第1話
春の日差しを浴びながら新1年生が高揚した面持ちで高崎高校の廊下を歩いている。
入学してから一週間ほど経過するが、まだ緊張はほどけない。
「この学校の名前、この辺じゃ一番覚えやすいよねぇ」
そう言ったのは中学からの友人、市山ホナミだった。
ホナミはスラリと手足が長く、モデル体型で最近は胸も膨らんできて男子たちの視線を釘付けにしている。
高校に入学したことでホナミ人気は更に急上昇しているのだが、当の本人は色恋沙汰に興味がないようでどれだけ異性から声をかけられても冷たい態度で返していた。
「どうして?」
そう返事をしたのは品川ミホ。
ミホもあたしやホナミと同じ中学出身で、背は小さく大人しい性格をしていた。
見た目も可愛らしいから、あたしたちの間ではマスコット人形みたいな存在だ。
「上から読んでも下から読んでも高崎高」
「漢字にすればね」
あたし、国吉ユウはそう言って笑った。
「ひらがなやカタカナだと、逆さ読みすると『うこきさかた』になるよ?」
あたしの言葉にホナミは目を見開き「さすがユウ。速攻で逆さ読みができるんだ」と、驚いている。
あたしは普段からクイズや推理もののゲームや小説が好きで、トリックなどによく用いられている逆さ読みは得意だった。
なんの役にも立たない特技だと笑われることが多い中、褒められると素直に嬉しかった。
「ところで、みんなは何部に入るの?」
照れくさくなってしまったので、あたしは話題を変えてそう言った。
これから3人で部活見学をして回る予定なのだが、肝心の部活を決めていなかった。
「そんなの決まってんじゃん!」
廊下を歩きながらホナミが元気よくそう言った。
隣のミホもほほ笑み、うんうんと頷いている。
「やっぱり、あそこ?」
2人の笑顔につられるようにして、あたしはほほほほ笑みながらそう質問していた。
「ゲーム研究会に決まってんだろ」
そんな声がして振り向くと、そこには長浜イクヤが立っていた。
「イクヤ!」
あたしは思わず声を上げて名前を呼んでいた。
イクヤとも同じ中学で、みんなゲーム仲間だったのだ。
イクヤの後ろには西堀イツキと、井元カズヤの2人もいる。
「結局6人全員揃っちゃったね」
ミホが小さな声でそう言って来た。
「そうだねぇ。まぁ、仕方ないよね」
あたしは苦笑いを浮かべて言った。
この6人は中学時代からのゲーム仲間で、当時からゲームクラブに所属していた。
そして、この高崎高にもはゲーム研究会という活動が存在していることを、全員周知の上だった。
「まぁたお前らと一緒かよ。仕方ねぇなぁ」
大げさなため息を吐きながらそう言い、先頭を歩き出したのはカズヤだった。
カズヤは6人の中で一番背が高く、ガッチリとした体型だ。
決して悪いヤツではないのだけれど、少し空気が読めない所がある。
たとえば……。
「おいミホ、俺の鞄持てよ」
前を歩いていたカズヤは不意に振り向いてそう言い、ミホへ自分の鞄を差し出した。
「ちょっと、カバンくらい自分で持ちなよ」
あたしは咄嗟に口を出していた。
「あぁ? お前に持てなんて言ってねぇだろうが」
「そうじゃなくてさ……」
「ユウ。大丈夫だから」
言い返そうとしたあたしをミホが遮り、そのままカズヤの鞄を手に持った。
「ほらな。本人が大丈夫って言ってんだから、口出ししてんじゃねぇよ」
怒鳴るような勢いで言うと、カズヤは1人ズンズンと先に進んで行ってしまった。
あたしは呆れてカズヤの後ろ姿を見つめる。
「じゃ、あたしはミホの鞄を持ってあげるね」
ホナミが、悪くなった空気を元に戻すようにそう言って、ミホの鞄を持った。
その光景に胸の奥がホッとする。
「それじゃホナミの鞄をあたしが……」
言いかけた所で、前方のカズヤが1つの教室の前で立ちどまったので、あたしは伸ばした手をそのまま引っ込めた。
どうやらもうゲーム研究会の部室に到着したみたいだ。
「近くてよかったね」
ミホへ向けてこっそり耳打ちをする。
ミホはふふっと小さく笑った。
「ここがゲーム研究会か」
カズヤはそう呟き、ノックもせずにドアを開けた。
あたしたちは慌ててカズヤの後を追い掛けたが、教室内に部員の姿は見られなかった。
ゲーム研究会のドアの向こうには長机がズラリと並べられ、様々なゲーム機械と沢山のモニターが置かれていた。
壁沿いに置かれた木製の棚には沢山のゲームソフトに、ボードゲームやトランプ、縄跳びまである。
ゲームの種類に目を白黒させていると、教室後方にあるドアから1人の男性教員が出て来た。
ひょろりと背が高く、茶色いスーツに黒縁メガネをかけた先生は両手いっぱいにゲームソフトを抱えている。
「やぁ、君たちは?」
「1年生です。ゲーム研究会の見学に来ました」
あたしはスッと背筋を伸ばしてそう答えた。
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