第25話 夏高文芸部

 高文祭は二日間に渡って実施される。僕の当番は二日目、学の当番も二日目だった。撤収作業との兼ね合いもある。

 ナンプレ部部員は人数が少ないので葉月先輩を除いた全員が来ていた。というわけで僕は絶賛油売り実施中である。

 というのも、夏高文芸部で学が来ているのだ。幼なじみの義理である。そちらに顔を出しても誰も文句は言わないだろう。ナンプレ部の方々は僕と学が親友であることは知っているし、夏高文芸部の芥見先輩とは何やらいざこざがあるらしいが、それで僕と学の交遊関係まで侵してこない程度には自制の効く人たちだ。この自由時間のうちに夏高文芸部を見学させてもらおう。

 学が上手くやれているのかというのも気になるし。




 まあ、学のことである。順風満帆な高校生活を送っているのは疑いようがなかった。

 僕が行くと楽しそうにお客さんに微笑みを振り撒きながら部誌を配っていた。ああいうのを「スマイル0円」というんじゃないだろうか、と、あほみたいなことを考えていた。

 夏高文芸部は部誌を配っているらしい。パネルには詩の展示なんかもしているようだ。

 近くに行くとそんなに人が多すぎないためか、学はすぐにこちらに気づいたようだ。屈託なく笑う彼に、僕も笑みを返して軽く手を挙げる。他の部員さんからは「誰だあの眼鏡」と囁かれた気がするが聞かなかったことにしよう。桜坂純也です。

「今日は来てくれたんだね」

「悪いな、昨日来られなくて」

 一身上の都合──とかそんなぼやかしたものではなく、昨日はずっと店番だったのだ。何しろナンバープレースを取り扱う部員が僕と霞月先輩しかいなかったのである。ナンバープレースの解答を確認する係、説明する係は必要不可欠だったのだ。

 一日目はごった返していたため、手が放せなかった。故に夏高文芸部への訪問は果たせなかった。これで結構学は楽しみにしていてくれたようなのだ。とりあえず僕の作ったナンプレを瞬殺するくらいには。僕のメンタル? ははは、黙秘権使うよ。

「とりあえず、純也も読んでよ」

 目の前に夏高文芸部の部誌を差し出される。

「学もなんか書いたの?」

「ん、まあね」

 とりあえず読んでみる。……と、いきなり、ナンバープレートという文字が飛び込んできた。

「……え」

 内容はこうだ。




 家族で遠出をするというのは実に怠いことだ、と僕は思っていた。特に、高速道路を使っての淡々としたあれは旅行といっていいのかわからないくらいだ。

 そんなつまらない旅行の唯一の楽しみが、後部座席で見る他の車のナンバープレートだ。

 ナンバープレートというと、なんとなく地味なイメージがあるかもしれないが、それで想像を広げてみると案外楽しいものなのだ。




 以前、芥見先輩の話がナンプレ部で出たとき、確か音無部長が「ナンバープレートで妄想するけしからんやつ」みたいなことを言っていたはずだ。

 冗談半分で聞き流していたのだが、まさか本当だったとは。

「学、これ……」

「ああ、芥見先輩のやつだよね。個性的でやっぱり人目を惹くみた」

「やあやあ、私の作品に目をつけるとは見る目があるじゃないか」

 学の台詞に被せてくる女の人の声がした。少し茶髪に透ける髪を肩口で揃えている。目は狐目で、少々きつい印象を受ける。

 これは、もしかしなくても。

「あ、純也、紹介するよ。この人が芥見早苗先輩」

「星宮、知り合いか」

「親友です」

 ……とりあえず先輩の威圧はスルーして間髪入れずに親友と答えた学に敬礼したい。

「えと、桜坂純也です……」

「む、お前、春高ナンプレ部にいなかったか?」

 人違いです、と言いたかったが、学が先に肯定してしまった。

「今年のナンバープレース作ったの純也なんですよ」

「ふぅん? ナンバープレートではなく?」

 やっぱりそっち行きますか。

「あぁ、まぁ、はい」

 僕はまだ毒されていないと自分に言い聞かせつつ、頷く。

 ……何言われるんだろう……

 少しの沈黙が不安になっていると、唐突に頭をわしわし撫でられた。

「奇特なやつもいたものだ」

 ……褒められてる!?

 言い回しは独特だが、悪い人ではないとわかった。

 それだけで結構な収穫だったと思う。たぶん。


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