第18話 因縁

「あ、えと……皆さん、どうしたんですか?」

 凍りついた空気についていけない学が恐る恐る声をかける。いや、状況についていけないのは僕もなのだが。

 恐らく原因は、学の口にした聞き覚えがある、という一言だろう。

 僕的にも、少なからず恐れを抱く一言だ。恐らくナンプレ部の皆さんとは違う意味だが。

 ナンプレ部に入っていなくても、学はナンプレに関わらずに済まない運命だというのか、くそぅ。

「……して、聞き覚えがある、というのは?」

 重々しい空気を緊張感に重い声で破ったのは、我らが部長、音無先輩だ。見た目の流麗さと相まってか、感情が削ぎ落とされたその声は一種の恐怖を掻き立てる気もする。何故こんな険悪なのかは一切わからないが。

 けれどまあ空気に圧され、僕はごくりと唾を飲みながら、学の返答を待つ。

「あ、いや、あの、えと……僕の入った文芸部の先輩にも、ナンバープレートをどうたらという変わった先輩がいたのを思い出して……それだけです」

「そいつの名前、まさか、芥見早苗とか言わんだろうな?」

「えっ、そうですけど……お知り合いですか?」

 学の肯定に、険悪さが増す。当然僕はついていけていないが、まあ状況から鑑みるに、音無先輩、もといナンプレ部とは縁浅からぬ仲であろうことは、容易に想像がついた。その証拠か、僕の頭の中の警鐘がガンガンと五月蝿い。

 続きだの詳細を聞きたいが、障らぬ神に祟りなし、と静観を決意したが、音無部長のみならず、翔太先輩、篠原先輩までが殺気立っている。とてもじゃないが笑い話の一つも披露できる雰囲気ではない。

 学もひりひりと感じ取っているのだろう、笑みを描く口角をひくひくと言わせながら、少しずつ話していく。

「芥見先輩は、見聞の広い方だと思っていますよ。想像力豊かと言いますか。……皆さんのように、ナンバープレート一つで一時間語り潰し、あまつさえ、それを物語のネタにしてしまうような、僕は、文芸部精神を全うしている素晴らしい方、だと思いました」

 なんでもその人物は、ナンバープレートの数字から、様々な物語を編み出すそうだ。

 近頃、希望ナンバーというものが横行している。例えば、自分の誕生日にナンバーを揃えたり、夫婦円満を願って、語呂合わせである1122いい夫婦とつけたり。最も多いのは、縁起のいい7のゾロ目で7777とかする人だろうか。

 そういう自分の思い入れの数字を様々な形で取り入れるということ自体は悪い風習とは思わないが……ナンバーコレクト主義者の集まりには、何か引っ掛かるものがあるらしい。

 何が引っ掛かっているのやら。


「芥見の考え方を、私たちは好かん」

 端的に、部長はそう言った。

「何故なら我々はナンバープレートの数字、ひらがな、ご当地ナンバー……そこに書かれたものの羅列の美しさに魅了され、収集する、純粋な陶酔者だ。

 その裏に隠された私的な事情に踏みいるような真似は、無粋としか思えん。

 ナンバープレートを語るならば、もう数字や言葉の羅列にただ惚れるだけで充分でないか。裏に隠された思いに立ち入るなど、他人の人生を邪推するようなやり方を、我々は好かん」

 音無部長の主張にも一理ある。しかし、正直なところ、柔軟性に欠けた思考回路であることは断定せざるを得ない。

 ナンプレ部部員はそれぞれ個性派揃いで皆それぞれに意気投合している。着眼点は各々違うが、それでも団結している集団であるではないか。

 だのに何故、その意見だけ突っぱねてしまうのか、僕は不思議でならず、くい、と眼鏡のブリッジを上げて、音無先輩を真っ直ぐ見つめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る