第12話 早く図書館に入りたい。

 新たな人物の登場に先生を知らない学がきょとんとする。

「えと、あーやんって……?」

「駄目だ学それを口にしたら」

 学の危険な問いを止めようとしたが、時既に遅し。飯塚先生がデレデレ顔で学の肩をぽん。触れられただけだが、学の肩がびくんと過剰とも言える反応を示す。

 うん、わかるよ。

 でももう先生のスイッチは入ってしまった。……いや、既に入っていたかもしれない。

「あーやんはな。俺の今年四歳になる可愛い可愛い超絶可愛すぎて見ているだけで天にも上る心地になれる天使のような愛娘なんだよ。とっても賢くてな、昨夜お隣さんから回覧板が回ってきたのを自分から受け取りに行って、"ありがとうございます"って丁寧にお辞儀できたんだぞ? 隣のおばさんも大絶賛。いやぁ、父親として俺も鼻が高いよ。帰るといつも出迎えてくれてなぁ。あるときまで、ただいまって入ってきた俺の後ろをとたとたとたーってついて回ってたんだけど、こないだから何故かそれがなくなって。寂しいなぁ、と思っていたら、あーやん何してたと思う? なんと、靴並べしてたんだよ! お利口さんだろう? 本当、まだ三歳とは思えないくらいよくできた娘で、もうお父さんは毎日感動の連続だよ」

 始まりましたよ、マシンガントーク。

 親バカは初対面とか関係ないらしい。学がドン引きしているがそのひきつった笑顔など目にも入っていないのだろう、怒涛の喋り。人一人の話題でよくもまあネタ切れせずに話し続けられるものだ。

 と、感心している場合ではない。いつこちらに飛び火してくるかわからないのだ。学には悪いがここは彼に生け贄の羊スケープゴートになってもらって僕はさっさと図書館に入……

 がしっ

「おう、桜坂。見ろ! お風呂でピースのあーやんだ!!」

 Pardon?

 学と仲良く肩をがっしりホールドされ、携帯画面を見せられる。湯船の縁に顎をぺたんと乗せ、にっこり笑顔でピースの女の子。確かに可愛い……じゃなくて!

「せ、先生? お話はわかりましたからそろそろ」

「つれないこと言うなよ、桜坂。俺は父親として娘の良さを周りに広める使命があるんだ。聞いてくれ」

「僕まだ台詞がとちゅ」

「よぉし、聞いてくれるんだな。うんうん、お前は思ったとおりいいやつだ。眼鏡に悪いやつはいない」

 眼鏡がどうした! ぐすん……泣いてないよ。

「でな、次のこの写真はあーやんお母さんを手伝うの巻。昨日の夕飯」

「先生僕はまだ聞くなんて一言も」

「は、のり巻きでな。ちょっとぐちゃっとなったり、いくつか具材を入れ忘れたり色々あったみたいなんだけど」

「聞いちゃあ、いない」

「頬っぺたにご飯粒つけてのり巻き頬張るあーやんが可愛かったから全然気にならなかった。あーやんは料理も上手なんだよ」

「ソーデスカ」

 このマシンガンに弾詰まりジャム起こしてくれる救世主はいないだろうか。耳にタコができる。

 目線で部長と翔太先輩に訴えるが、あっ! そっと視線を外された!! 酷い。泣いてもいいですか。

 話はいつの間にやら昨日聞いた"ナンプレ五十音"に移っていた。

「でさ、あーやんとっても賢いから一捻り効かせてそういう五十音表を作ろうとお父さんは日々奔走しているんだよ。これがなかなか案外と難しいもんでさ、揃わなくて歯痒いんだけど、あーやんのためだから頑張っちゃうんだよねー」

「えと、あの」

 何も言えず閉口していた学が、ふと神妙な面持ちになり、手を挙げる。そこは教師、意見が言いたいらしいことを読み取って、どうぞと促す。

 非常に気まずそうな表情で躊躇い気味に学は言った。

「あの……五十音揃えるにも、確か、使えないひらがなっていうのがあるはずなので……揃わないのでは?」

 おお。

 確かに、至極まっとう。ある漫画で言っていたが、確か"し"は使えないはず。詳しくは覚えていないけれど、他にも何文字か使えないひらがながあると聞いた気がする。

 さすが学。本の虫にして優秀な頭脳の持ち主だ。雑学にも通じているようだ。

 さて、先生は。

 ……あれ?

 デレデレ顔は凍りつき、目は焦点が合っていない。マシンガントークが止んだのはいいが、大丈夫だろうか。

 おーい、と顔の前で手をひらひら振ってみる、という至って普通の対処を試みていると。

「ああああああっ!!」

 泣き崩れた。

 先生、撃沈。



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