第11話 呼ばずともナンプレオタクは通じ合うらしい。って、僕は違いますからっ !!

 現在時刻は午前九時過ぎ。現在位置は図書館の入口脇駐車場。

 学とここに来てから約一時間が経つわけだけれど、何故僕らはここにいるのだろうか。

 もっと言うと、何故僕は土曜日で学校でもないのに部長についてきたという翔太先輩に会った途端に抱きつかれているのだろうか。

「桜坂センパ〜イ、会いたかったですよぅ」

 甘えるような声色。元々の童顔と美貌も相まって、傍目から見ると大変なことになっているんじゃなかろうか。いや、一番大変なのは僕だと思う。

「し、翔太先輩? 離れてください」

「えー? 久々のセンパイとのご対面なのに」

 まだ二十四時間も経っていませんが?

「純也……その人も、先輩?」

「あ、うん。二宮翔太先輩」

「はじめまして、二宮……翔太先輩!?」

 ですよね。

「うん、翔太先輩。男の先輩だよ」

「は、あ。そうなんですか」

 まあその衝撃たるや、制服のときに出会った僕なんかはまだいいけれど、今日は土曜日、しかもここは学校じゃない。となるとみんな私服なわけで。大和撫子な部長は白いブラウスに黒いカーディガン、ロングスカートと容姿に見合った格好。

 学もパーカーにジーンズのラフな服を着こなし、僕も僕らしい控えめな色合いのチェック柄のシャツにカラージーンズとどこまでも普通。それぞれがそれぞれ、容姿に見合った格好をしていたのだ。

 つまり、所謂男の娘な翔太先輩も男の娘な容姿に見合う格好をしていて。

 白地に花柄のチュニック、レースのついた濃紺のレギンス。小さな桜色のポシェットを肩から提げ、お洒落な日傘でガーリーに決めている。

 もう一度言おう。「ガーリーに決めている」。

 …………

「先輩、どこからツッコめばいいでしょう?」

「んー?」

「そうですね、まず……先輩、自分の性別覚えてます?」

「あはははは〜。桜坂センパイったら面白いこと言う。ボクの性別は"オトコノコ"に決まってるじゃん!」

 気のせいだろうか。先輩が言った"男の子"は異国語に聞こえたよ。

 理解しているのだろうか。わざとなのだろうか。どっちなんだ、翔太先輩!? いや、それより離れてくれるとすごく嬉しい。

 しかし、手で払いのけようとすると少女漫画も裸足で逃げ出すぱっちりお目々がうるうると上目遣い。払えないよこんちくしょう!

「"男の娘"」

 そんな葛藤する僕の耳に学の静かな声がすっと入り込んできた。

「近年ライトノベル作品を筆頭にメジャーになり始めた新たな性別。見た目、主に顔が美少女な少年を指す」

 学の静かで冷静な声での説明はすっと頭に入り込……ん?

「ま、学、どうし」

「すげぇぇぇっ! "男の娘"が実在したなんて。純也、世界は広いね」

「学、君の感動はそこ?」

 幼なじみのずれた感覚に僕は呆けるしかない。ホーホケキョ。

 けれど忘れていた。学は"本の虫"を褒め言葉と取るほど無類の本好き。読むジャンルは多岐に渡る。その中には当然、ライトノベルも含まれた。

 オタクとまではいかないが好きだよね、うん。

「すごいです、すごいです。星宮学と申します。握手してください」

 音無部長のときよりアクティブな学。本の中から飛び出したような翔太先輩の容姿キャラクターによほど感銘を受けたらしい。世の中わからない。

 ところが、翔太先輩は差し出された手を取らず、代わりにずいっと詰め寄る。

「それより学クン、部長が言ってたキミの"奇跡写真"を見せてよ」

 忘れかけていたが、そうでした。この人ナンプレ部でしたね。

 妙に緊張した雰囲気で学は先輩に自分の携帯電話を見せる。手が少し震えていた。なんだかつられてこっちまで緊張してきた。汗で眼鏡がずり落ちる。ブリッジをちょいと持ち上げた。

 翔太先輩は渡された携帯の画面をしげしげと眺め……唐突にくわっと目を見開いた。

「こ、これは……!」

 わー、この反応デジャヴだ。

「何かあったんですか?」

 半ば解答が予測できる。昨日の部活で"奇跡写真"というワードを真っ先に口にしたのは翔太先輩だ。

 が、翔太先輩が示したのは、部長が反応したのとはまた別の写真。それは学の自宅で夏頃に撮られたであろう写真だ。庭でバーベキューをしている。車は一台しか写っていないから、"奇跡写真"として驚くようなところはないはずだが。

「あの、この写真が何か?」

 学もわけがわからない様子で翔太先輩に問いかける。見ると翔太先輩は興奮しているらしく、頬が赤く上気していた。

 泡を食って説明してくれる。

「この車、袖ヶ浦ナンバー! 見たことない」

 え。

 ほらほらセンパイも見て、と翔太先輩から向けられた写真を見る。確かにナンバープレートの上部分には"袖ヶ浦580"なんて書いてあった。

「これが何か……?」

 再度学が戸惑いの声を上げる。

 普通はそうだ。いちいちご当地ナンバーに騒いだりしない。それに、僕の記憶が正しければ、学の袖ヶ浦に住んでいる親戚は毎年夏になると来るのだ。毎年恒例では気にもならないだろう。

「袖ヶ浦ってどこだ?」

 若干置いてきぼりだった部長が口を挟む。

「千葉県にある市の名前ですよ。東京湾沿いにあります」

「さっすがセンパイ、よくご存知で」

 そりゃ、この学校の偏差値半端じゃないですから。と、それはおいといて。

 昨日の自己紹介、忘れてました。この人そういえばご当地ナンバーコレクターですね。

「うわぁ、うわぁ、珍しい。羨ましい。確かに奇跡写真♪」

「いや、私の言った奇跡は違うのだが……いやしかし、袖ヶ浦は千葉県の地名か。勉強になるな」

「勉強に……これはやっぱりあーやんの教育にいいかもしれない!」

「わぁっ!?」

 新しい声に振り向けば、知った顔があった。鮮烈な赤のTシャツに、緑のジャージのスポーツマンな男性。Tシャツに"太陽の馬鹿野郎!!"と書いてあるのは何故だろう。

 まあ、それはどうでもいい。それよりも遥かに問題なのは"あーやん"という単語。禁止ワードのような危機感をもたらすそれに、ナンプレ部の一同はぎくりとする。

 僕は溜め息を吐きたかった。

 ……目の前にある飯塚先生のデレッとした満面笑顔に。



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