第10話 休日だと思ったのに……!
今日は土曜日。朝六時。普通に起きて、普通に朝ごはんを食べて、普通に出かける準備をする。普通の日常。
家族は母親が早朝から出勤、父親は夜勤で九時頃帰ってくるはず。妹は寝坊助で、土日なのをいいことに惰眠を貪っている。多分父親が帰っても起きないだろう。
そんなタイムスケジュールが特殊すぎる家の中で唯一普通のタイムテーブルで活動している僕。朝八時になりました。そろそろ出かけるか。
肩掛け鞄に財布、携帯、手帳を入れて、リビングに書き置き。よし、行こう。
今日は学と会う約束だ。
鍵をがちゃりと閉めて出る。ふっと振り向くと。
「おはよう、純也」
「おう、学。おはよう。早いね」
「純也こそ」
一緒に行くか、と数週間振りに並んで歩く。
目的地は図書館。そこそこ広いところで本の虫・学のお気に入りスポットである。
「本の虫って……」
「あ、いやだった? ごめん」
「誠に恐悦至極」
「嬉しいんかい!」
そんなプチコントを繰り広げつつ、図書館に辿り着く。なんとなしに駐車場を見ると。
「あれ? 今日は車多い?」
まだ朝早いのに、既に五、六台の車が停まっている。開館時間の八時を過ぎたばかりだというのに。
学もんー? と駐車場を覗く。
「確かに、多いね。この時間で……でも土曜だからじゃない?」
「あー、なるほど」
土曜日は大抵の人が休みだ。それを利用して図書館にというのもあるだろう。
まあ、まだ五、六台だし、この図書館はそこそこ大きいから、席の取り合いという事態にはならないだろう。僕は入ろうか、と入口の方に足を向けた。
が。
「あ、純也待って」
「ん?」
学の制止に振り返ると、学は携帯電話をいじっている。というか正確に言うと電源ボタンを長押ししているだけだが。
学は静かな図書館を好む。それはもう聖域と呼び讃えるくらいに。
故にいつも電源を切っているのだ。図書館では。
まあ、電源切るのは長押し十秒。大した時間じゃない。そう思って足を止めたそのとき。
「待った。電源を切るんじゃない!!」
そんな決死の声。聞き覚えのある女の人のもの……
え、そんな
「ちょ、何するんですか!」
「今の、今の待受画面、いや待受の写真をよく見せてくれ」
「わーっ! なんでここにいるんですかぁ、音無部長!?」
絵に描いたような大和撫子、音無部長がそこにいた。
「おぉっ、これはこの上ない逸材の同志! このような場所で会うとは奇遇だな」
「奇遇って、僕ん家この近くです。部長はなんでいるんですか。いや、その前に学の携帯離してくださいよ」
「お、おう、悪い」
大和撫子に一礼されて、携帯を無事取り戻した学はきょとんとしてそれを胸に抱く。それから、当然といえば当然の疑問を口にした。
「誰? 知り合い?」
思わず返答に詰まる。いや、普通なら返答に詰まるような関係の人物ではないのだが。
渋々と、僕は先輩を示して告げる。
「この人は音無雅さん。昨日話した部活の……部長だよ」
「ああ! 星宮学です。純也とは幼なじみで、夏高に通っています」
学は一瞬にして僕の渋面の理由を把握したらしい。色々思うところはあるだろうに、おくびにも出さず、丁寧にお辞儀をした。本当によくできた親友だ。
対する音無部長はというと、こちらもまた風貌に似合った淑やかな立ち居振舞いで礼をとる。
「失礼しました。私は音無雅。春高三年のナンプレ部部長です。ところで、先程ちらりと待受画面に見えた写真についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
おお、物腰が丁寧で、なんだかとても礼儀正しく、まともなことを言っている気がする。けれどなんだろう。何かとても嫌な予感がするのは僕だけだろうか。
学は丁寧なお詫びの言葉を受け、気を悪くした風もなく、すんなりと要望に答える。再起動して、音無部長に携帯を差し出した。
「待受っていうとこれですか? ぼくのは保存してある写真をランダムでオート再生しているんですが」
その画面を見、くわっと目を見開く音無部長。ちょっと怖い。
そこに何を見つけたのか、「こ、これは……!」と驚嘆する。
「なんですか?」
食い入るように写真を見つめる先輩を不審に思い、問いかける学。
しかし、部長が学に答えることはなく、不意にがしっと僕の肩を掴んだ。……って、僕!?
「類は友を呼ぶというが、本当だな!」
「な、何の話です?」
ばっと音無部長は学を指差す。人に指を差しちゃいけません。
「奇跡写真のプロだ!!」
「「奇跡?」」
僕と学の声が被る。音無部長はちょっと貸せ、と学から携帯を取り、データフォルダをチェック。
写真を突き出す。
頭にクエスチョンマークを三つほど浮かべながら、写真を見る。学が家族と少し遠出したと言っていたときの写真だ。パーキングエリアから、バックに山を据え、記念撮影ぱしゃりという感じである。これのどこが奇跡写真?
ん? 奇跡写真……どこかで聞いたような。
「……ああっ」
見つけてしまった。見つけられてしまった。
絶望まではいかないにしろ、落胆というか、それに似た感情を覚えた。
そうですよね。ナンプレ部はナンバープレート部ですから。
ナンバープレートオタク的価値観から言えば、三台の車が並んでいて、「1・23」「4・56」「78-90」なんてなっていたら、それは
「ほら、これも、これも! おおっ、これなんか、"ちりぬるを"と並んでいるぞ!? ナンバープレートにおいて"を"は見つけるのが難しい最高難度のひらがななのに」
「えと、それは知り合いの車で……」
「何!? それは興味深い。話を聞かせてくれ」
「ええ? えと……」
「音無部長」
僕はゆらりと部長に近づいた。
「学を巻き込まないでください!」
「む、桜坂、独り占めはずるいぞ」
「だから僕はそういうんじゃ」
「こんな逸材滅多に会えるものではない。よし、みんなも呼ぼう」
「話を聞いて」
こうして僕の長い土曜日は始まった……
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