第8話 訳あり部員は開き直った。
「……それで、他に部員さんっていないんですか?」
僕らはもう先生を止めるのは諦めて部活を進めることにした。それで僕が問うと、霞月先輩が「あー」と苦虫を噛み潰したような表情になる。どうしたのだろうか。
「いるにはいる。サボリ魔だがな」
代わりに部長が答えた。
「蒼真の金魚のフンだよ」
部長が渋い顔で吐き捨てる。いやいや、大和撫子がそんな言葉遣いしちゃだめでしょう、と思ったが、霞月先輩が複雑な面持ちになり口を開いたので言葉を待った。
「僕の幼なじみでね。兄弟みたいに育ったから」
なるほど、霞月先輩にくっついてきてしまったわけだ。
そこから察するに、その生徒は決してナンバープレートオタクというわけではなさそうだ。
考えを巡らせていると、そろそろと扉が開いた。そこからちょこん、と見覚えのある顔が覗く。
「あれ、ポニテ先輩」
「あっ……」
僕と目が合うとその人は顔を引っ込めてしまう。けれど間違いない。入室前に僕を引き止めたあのポニーテールの先輩だ。
ああ、あのとき貴女の忠告をもっとちゃんと聞いていたら……そう思うと、申し訳なくなって、謝ろうとポニテ先輩の方へ向かった。
しかし、僕より先に、後ろから声がかかった。
「ちーちゃん」
霞月先輩だ。その声に、ポニテ先輩がひょこっと顔を出す。
「そ、そーくん」
気まずそうに応じる声。二人の互いを呼ぶ名には、詮索するまでもなく、知己の色が含まれていた。
気づけば、部長は半眼でポニテ先輩を見ている。せっかくの大和撫子が台無しになっているが、それよりもまず。
もしかして、もしかしなくても。
「ポニテ先輩が、今話していたもう一人の部員さんですか?」
「うー、不本意ながら、そのとおりです」
苦々しい顔でポニテ先輩が答える。普通にしていれば可愛らしい顔が曇って、こちらも台無しになっているが。
とりあえず、なるほど。これで話が繋がった。ポニテ先輩はこのナンプレ部の実態を知っているからこそ、あそこまで言って僕を止めたのだ。
「あの、先程はどうも、申し訳ありませんでした」
「あ、きみはさっきのメガネくん」
ぐさ。悪意のない分、かなり鋭利なものが突き刺さる。いや、僕、メガネ以外に特徴ありませんか?
と、それはさておき。
「入ってしまった以上、もう後には引けないよ」
ポニテ先輩の哀れむような声に僕は泣きたい気分になったが、ぐっとこらえた。この先輩の親切を無下にしたのは僕の方だ。今泣く資格なんかありはしない。
けれど、背後からの視線二つ──篠原先輩のきらきらした目と、翔太先輩のにこにこな目──に溜め息を吐いてしまう。そうしながら頷いた。
「でも、まあ僕なりにがんばってみます。入学式でもあそこまで言ってしまいましたし……あ、桜坂純也って言います。ポニテ先輩のお名前もよろしければ教えていただけますか?」
「私は、二年の葉月千佳。さっきはきつく言ってしまってごめんなさい」
「あ、いえいえ! 僕の方こそ、ほとんどタメで口聞いてしまって、申し訳ありませんでした」
「いやいや、私の言い方が悪かったから」
「いいえ、僕がちゃんと聞かなく」
「えー、こほん」
ポニテ──葉月先輩と僕の謝り合戦を遮ったのは、部長の咳払いだった。
「生意気な幽霊部員、また部員減らしなどというマネをしておったな」
「そーくんみたいな思いをする人をこれ以上増やさないためです」
そーくんって、霞月先輩のことだよね。やっぱり先輩も苦労しているんだな、としみじみ思っているうちに、会話はぽんぽん進む。
「幽霊部員、幽霊分のペナルティはこなしてきたのだろうな?」
「もちろん」
葉月先輩が威風堂々とした様子で部長の方につかつかと歩いていく。
今、おかしな単語があったような?
「ペナルティ?」
僕が疑問符を浮かべる合間に、葉月先輩は鞄をがさごそ。そして、一冊のアルバムを取り出し、部長に差し出した。
アルバム? 何か、嫌な予感が……っていうか、この部屋来てからアルバムというものにいい予感を抱いたためしがない。
僕はてくてく席に戻り、部長がばらりと開いた葉月先輩のアルバムを見る。
「えーと……」
コメントに困った。
そこあったのは、駐車場に並ぶ車の写真。というかこれ、ただの駐車場の写真じゃ……?
「おおっ」
「これは」
ん? 篠原先輩や翔太先輩は反応を示しているぞ。部長も真顔だ。僕にはわからない魅力が、この写真に秘められているということだろうか。いや、そもそもナンバープレートでも理解が及ばないのに、駐車場の写真見せられたって何も……
「あ」
そう思ったとたん、閃いた。閃いてしまった。
「ひ、と、め、ほ、れ」
僕がとち狂ったわけではない。ただそう読めただけだ。
ナンバープレートの先頭についたひらがなの並びが、左から順に。
その方式で考えると。
「こっちは"つきみさけ"、これは"かすみそう"、これは"はちあわせ"……」
「さすが桜坂センパイ! 初見でそこまで見抜けるなんて」
いや、褒められても嬉しくない。その上、欲しくもないスキルだし。
いやいやいや、それより何より。
「ポニテ先輩、なんだかんだと言いながら、そっち側の人だったんですね……」
すると、葉月先輩はむっとなった。
「そーくんと一緒にいるためだもん。仕方ないでしょ。こうしないと、そーくんがここにいるとき、入れてもらえないんだもん」
随分とこの部は排他的なシステムらしい。
「どこまでも生意気な。だが、こいつの撮る奇跡写真は本物だ。逸材だから、幽霊でもこの部の部員なわけだ」
部長が悔しげに吐き捨てる。
奇跡写真、ですか。
確かに、たまたま並んでいた車のナンバープレートのひらがなを合わせて単語になっている、というのは一種の奇跡かもしれない。
でも、それがどうした、という感が拭えないのは僕だけだろうか。
葉月先輩も先輩だ。こんな自分でも不本意と語ることに手を染めてまで「そーくん」って……
「霞月先輩」
「ん? なあに?」
とりあえず、ツッコミは心の内に留め、これだけは言っておこう。
「愛されてますねぇ」
僕の一言に先輩は、心底微妙な表情を浮かべていた。
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